第7話 その王子と公爵令嬢、本当に修復不可能ですか?
――オーウェンを王太子にする。
そう宣言してはみたものの、ウェルシェは良い案が思い浮かばず時間ばかりが過ぎていった。
今現在、オーウェンは廃嫡の危機に変わりはない。それを回避するには王妃オルメリアを納得させる実績をオーウェンとその愉快な仲間達にあげさせなければならない。
はっきり言ってヤツらには無理ゲーだ。
そこで起死回生の策としてオーウェンとイーリヤの仲を修復しようとウェルシェは目論んでいる。
だが、ウェルシェの努力を嘲笑うように事態は頭を抱える方向へと進んでいた。
「貴様らか!」
本人達の手で……
「アイリス泣いていたよ。酷いって思わないの?」
「卑劣な悪女め!」
後に続いてコニールとサイモンまで詰め寄ってきた。平和な空気をぶち壊す珍入者達に周りの生徒達の冷たい視線が集中する。
そして、さらに後ろから他者を圧倒する
「いったい何のつもりだ?」
第一王子オーウェン。
彼の威厳と底冷えする怒りの声を前にすれば、並の貴族なら青くなって震え上がるだろう。実際、キャロルは怯えている。
「まあ、これはこれはオーウェン殿下」
だが、ここにいるのはオーウェンさえ頭の上がらない王妃オルメリアさえ手玉に取る超腹黒令嬢。
「いったい何の話ですの?」
ウェルシェは何も知らぬ無垢な少女のごとく小首を傾げた。まあ、本当に何も知らないのだが。
「アイリスの教科書が破り捨てられていたのだ」
「まあ、それはなんて酷い」
ウェルシェは痛ましそうに顔を暗くして流した。オーウェンにギロリと睨まれたがさすがは腹黒令嬢、動じる素振りもない迫真の演技だ。
「しらばっくれるな!」
「往生際が悪いよ」
「あなた達が犯人なのはもう判明しているんです」
騒ぐ三馬鹿にウェルシェは頭痛を覚えた。
もう、ホント勘弁して欲しい。
自分で自分の首を絞めるのは。
(このままだとオーウェン殿下の継承権剥奪も時間の問題ね)
コイツら自爆願望でもあるのか?
「みんなやめて!」
頭痛の種にウェルシェがほとほと疲れてしまったところに、ピンク頭が追い討ちをかけにきた。
元凶のスリズィエの狂女アイリス・カオロ男爵令嬢が胸の前で手を組む祈りのポーズで登場したのだ。
「私はただ謝ってくれればそれでいいの」
「アイリス、君はなんて優しいんだ」
「どんな悪人も許すとは正に聖女だ」
「これだけ言われてまだシラを切るの?」
なんだこの三文芝居は?
大根役者にも程がある。
(セリフは棒読み、表情も作れていないし、泣きまねも下手、せめて涙くらい流せないのかしら?)
腹黒で演技に定評のある(カミラ談)ウェルシェは内心でアイリスの大根役者ぶりにダメ出しをした。
(ほら、みんな呆れているじゃない)
ギャラリーは誰一人としてアイリスの演技を真に受けてはいない。
「そんな!……私が犯人だと仰るのですか」
酷い、ウェルシェは口に手を当て嗚咽を漏らす。
「私がそのような非道な振る舞いをするような女に思われていたなんて」
ああ……、嘆き悲しみ目に涙を溜める。
見よ、この迫真の演技。
「証拠も無いのにウェルシェ様を疑うなんて」
「あの妖精姫がそんな乱暴をするわけないだろう」
「グロラッハ嬢の人気を妬んでアイリスとかいう女がでっち上げたんじゃね?」
周囲からアイリスを批難する声が上がる。予想外の事態にアイリスとオーウェン達はたじろいだ。
「あぁ皆さん、そんなに人を貶めるような事を仰ってはいけませんわ。きっとアイリス様は何か勘違いをなさったのですわ」
「さすが妖精姫は心が広い」
「自分を陥れようとした者達を庇うなんて」
今度はウェルシェが祈るようなポーズで皆に憂い顔を見せれば、誰もが口々にウェルシェを褒め称えた。
(人を陥れるなら、これくらい上手に演技はして欲しいものね)
大人達さえ騙くらかしてきたウェルシェは役者が違うのだ。ぽっと出のアイリス如きでは相手にならない。
「いや、そうだな犯人と決めつけるのは間違いだった」
「だが、アイリスの教科書が破かれていたのは事実」
「そ、そうですね、あなた方が何かを知っているのではないかと思ったのですよ」
さすがにオーウェン達も自分達の旗色が悪いことは察したようだ。何やら言い訳がましい事を口にしている。
「残念ながら私もキャロルもアイリス様とは別クラスですので、何も存じ上げてはおりませんの」
申し訳ございませんとウェルシェが謝ると、この素直で可憐な(?)令嬢を疑った事にオーウェン達は逆に罪悪感に苛まれた。
オーウェン達の後ろでアイリスが凄まじい形相で憎悪の目をウェルシェに向けているが、そんなものウェルシェにとって痛くも痒くもない。
「そうか、騒がせて済まなかったな」
オーウェンは自分の失態を取り繕うように尊大に言葉を残し踵を返した。それを側近達やアイリスが追う。
その後ろ姿をウェルシェはニコニコと微笑みながら見送っていたが、実際には心の中で頭を抱えていた。
(こりゃあかん)
公衆の面前でオーウェン達のやらかし過ぎた。学園内におけるオーウェンの求心力はかなり低下している。
(オーウェン殿下は卒業までに王妃殿下に認められる事績を残さなければいけないのに)
廃嫡の危機にある事も知られているので、オーウェンは完全に腫れ物扱い。彼が何か事を成そうとしても誰も協力はしてくれないだろう。
(これは完全に詰みよねぇ)
だが、オーウェン絶体絶命の状況はウェルシェにとっても都合が悪い。
さて、どうしたものか……ウェルシェは自分が王妃にならずエーリックと結ばれる方法を思案するのであった。
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