第5話 そのアイディア、本当にチートですか?


 ――『チート』……


 その言葉は昨年、ちょっとだけ仲良くなったイーリヤから儲け話を持ち掛けられた時に彼女の口から出た――


「投機でございますか?」


 ウェルシェは聞き慣れぬ言葉に首を傾げた。


「投資の間違いではありませんの?」


 グロラッハ家とて商会などに出資して利益を出している。それに、若い芸術家など新進気鋭の若者のパトロンになるのも貴族の嗜みだ。


 今さらイーリヤは何を言っているのかウェルシェは訝しんだ。が、イーリヤは首を横に振った。


「投資と違って投機は主に物に対して短期的な利益を見込んで出資する事よ」

「それは商品を安い所から高い所へと流通させる商人の仕事ではありませんか」

「それも投機の一つの形だけど、私が提案しているのは距離を時間に置き換えるの」

「時間……なるほど」


 イーリヤの言わんとするところが理解できてウェルシェは頷いた。


「移動するのは場所ではなく、現在から相場の上がった未来なのですね」

「さすがに理解が早いわね」


 将来、価値の上がる商品を購入しておけば儲けが出るのは必然だ。例えば金貨百枚で購入した物が一年後に金貨二百枚になれば、一年で差額の金貨百枚を設ける事ができる。


 だが、この儲け話には大きな穴がある。

 ウェルシェは顔の前に指を二本立てた。


「問題が二つありますわ」


 価値が逆に下がれば大損だ。


 前提として将来価値の上がる商品を知っていなければならい。そんなのは予知能力でもなければ不可能だ。


 二つ目は商品の保存性。


 商品はどうしても経年劣化して価値が下落してしまう。そうなると選択できる商品が貴金属や宝石などに限定される。


 生憎とそれらの商品は元々の価値が高く、短期間で価格は乱高下しない。多少の売買では実入りは大きく望めないだろう。


「あなたの言う通りよ」


 ウェルシェの指摘は鋭いとイーリヤはあっさり認めた。


「市場価値の予測は情報収集とデータ分析、そして後は経験ね。もっとも、市場を操作する方法もあるんだけど」

「それは理解できますが、予測は絶対ではありませんわ。市場操作についても莫大な資金が必要ですし、恐らくあちらこちらから恨みを買ってしまいますわ」

「まあ、それはそうね」


 市場操作などすればすぐに足はつくし、被害を被った者達から報復される可能性もある。一つ所で領を治める貴族としては長期的に見れば悪手だし、だいいち貴族としての矜持がそれを許さない。


「だけど、もし未来をいれば話は違うでしょ?」

「ですから未来を100%正確に予測する事は……」

「違うわ。予測ではなく知っているの」


 何を馬鹿なとウェルシェは思ったが、イーリヤの目に真剣な光をみて口を噤んだ。


「それから足の速い物でも先物取引という手を使えば解決するわ」

「先物取引?」

「未来の物に対し先に値段を決めて買い付ける契約する取り引きの事よ」

「将来に売買する契約をするのですね」


 例えば一年後に小麦を百キロを銀貨十枚で購入する契約を農家と結ぶとする。一年後に小麦の価値が上がって百キロ銀貨十一枚になれば銀貨一枚得するというわけだ。


 それはウェルシェにも理解できる。


「ですが、逆に価値が下がって百キロ銀貨九枚になってしまったら銀貨一枚の損になりますわ」

「ホント理解が早いわ」


 だけど大丈夫だとイーリヤはニヤリと笑った。


「言ったでしょ。問題ないって」

「イーリヤ様には未来さきが見えると言うのですか?」

んじゃないのいるのよ」


 しばし二人は真剣な目をぶつけ合った。が、ウェルシェがすぐに折れてため息をついた。


「分かりました。とりあえず無理のない範囲で一度イーリヤ様の口車に乗ってさしあげますわ」

「それで構わないわ」


 くすくすと笑うイーリヤからはアイリスのような狂人とは違う理性を感じる。ウェルシェは信じても良いかと判断したのだ。


「ところで話は変わるのですが――」


 ただ、正直に言えばウェルシェは儲け話よりもずっと気になる事があった。


「もしかして、先物取引とは飢饉や暴落の対策の一つとして利用できるのではありませんの?」


 たとえば領主が自領の農家に対し毎年同じ価格で購入する契約をすれば、農家は常に安定した収入を得られる。逆に飢饉時は安く売らねばならなくはなるが、その時は市場の小麦高騰を抑えられるはずだ。


 つまり農民は安定した収入が得られ、それ以外の領民は安定した価格で小麦を購入できる事になる。もちろん輸入などの外的要因もあるので理想通りにはいかないだろう。それでも急激な暴落や高騰は防げるはずだ。


 領主にとって領民の生活を脅かす不安定な市場は頭痛の種。それを解決できるのなら

 利用しない手はない。


「そこに気づくかぁ」


 令嬢らしくなく頬杖をついてイーリヤは感心した。


「ウェルシェってホント天才よね」

「イーリヤ様の方がよっぽど天才ではありませんか」


 投機や先物取引など先鋭的なアイディアを思いつくイーリヤに言われたくはない。


「これらは私が思いついた方法じゃないの。完全な『知識チート』よ」

「知識チート?」

「そう、これはずるチートなの」

「?」


 何がずるなのかウェルシェにはさっぱり分からなかった。


 イーリヤもアイリスも時々ウェルシェに分からない単語を使う。だが、今はまだ時期ではないと教えてはくれなかった。


 とにかく、イーリヤの投機に便乗してウェルシェは莫大な資産を得た。そして、先物取引を利用してウェルシェは領内の小麦市場の安定化を図り現在に至るのである。



「投機や先物取引のアイディア、価格変動の予知、イーリヤはそれらを『知識チート』って言っていたわね」

「ええ、そうよ」

「いったいそれは何なの?」

「そうねぇ……そろそろ話しても良いかな?」


 今なら信用してもらえるかな、とイーリヤは呟きティーカップをソーサーへと戻してウェルシェに真剣な目を向けた。


「いいわ、私とアイリスの事を……この世界の真実を教えてあげる」


 そこからイーリヤが語った内容はとても衝撃的なものだった。

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