第23話 その夫人達、罠にハマってませんか?

(あれがケイト・セギュル侯爵夫人ね)


 シキン伯爵夫人に耳打ちされて口撃してきた相手の正体を知ってウェルシェはほくそ笑む。


 今回のお茶会に出席した最大の目的はエーリックとの婚約に茶々が入らぬようにするため釘を刺すこと。しつこいケヴィン・セギュルと人の話を聞かない第一王子オーウェンを痛い目に合わせる算段もつけている。


 ただ、見知らぬケイトも巻き込んでしまうので、ウェルシェとしてはちょっと心苦しかった。


(でも、この親にしてってやつだったみたいね。これなら心置きなく悪巧みを実行できるわ)


 だが、そのケイトが自分の陰口を主導している人物と知って思わずニンマリ笑ってしまったのである。


(王妃様は後継問題で波風立たぬよう、側妃様との関係に腐心しているのが理解できないのかしら?)


 ウェルシェはケイトが王妃派だと聞いている。だが、どうにも彼女はエレオノーラを追い落とす事がオルメリアの為だと勘違いしているように思えてならない。


(母子揃って状況把握能力が欠如してるなんて……これでは伝統あるセギュル侯爵家もお先真っ暗ね)


 セギュル家は侯爵位の貴族の中でも比較的歴史のある家柄で、グロラッハ侯爵家ほどではないがそれなりに権勢を誇っていた。


 だが、跡取り息子ケヴィンが母親の負の因子を色濃く受け継いでいるようで、果たして彼にセギュル家の舵取りを上手くできるか疑わしい。


 まあ、ウェルシェからすればセギュル家がどうなろうと知った事ではない。むしろ王家から搾り取る為の踏み台にしようとさえしていた。


(王妃様にもダメージが入るけど……まあ、この方なら大丈夫よね)


 王家が安寧を保てているのはオルメリアの手腕によるところが大きいとウェルシェは睨んでいる。


 間違いなく今代の王妃は傑物だ。

 多少の揺さぶりでは揺らぐまい。


(それより問題なのは王妃様に私の擬態がバレる事よね)


 これからケヴィンとオーウェンを攻撃するのだが、さすがにぶりっ子しているのは露見するだろう。


 他の者ならいざ知らずオルメリアの目をあざむきつつ2人を陥れるのは不可能だ。


(まっ、そこは必要経費と考えましょう)


 それにどうやって話を切り出そうか思案していたが、せっかくケイトの方から話題を提供してくれたのだから乗らない手はない。


「実は学園でとある殿方に言い寄られて困っているのです」


 さも困ったとウェルシェは片手を頬に当てながら眉を顰めて見せる。そんな素振りもみなの目を惹くほど様になっている。


「その方はいつも違う女性を取っ替え引っ替え侍らせているのです」

「まあ、何て破廉恥な」

「本当ですわね」

「女生徒達もそんな男にふらふらとついて行くなんて慎みが足りませんわ」


 ウェルシェが悲しそうに述懐すればケイト達が追随してきた。


 それは男を非難するような言動にも聞こえるが、ケイト達は暗にそんな男になびいているとウェルシェを蔑んでいるのだ。


 当然ウェルシェは彼女達の意図を理解しているが、まるで温室育ちの純真無垢な令嬢の如く素知らぬ顔でにっこり笑う。


「学園生活を謳歌されておいでのようですが……それで落第寸前になるのはとても悲しい事ですわ」


 惚けながらも自分はその連中とは違うとアピールしているわけで、これは次の一手の布石である。


「まあ、その方達は学園を何だと勘違いされているのかしら?」


 案の定、ケイトの一団が食い付いてきた。


「きっと社交性を高めようとされておいでなのでしょう」


 さも擁護するような物言いだが、ウェルシェはケイト達を誘導しているのだ。


「嘆かわしい子達ね」

「いったいどんな教育をすればそんな落伍者になるのかしら」

「まったく親の顔が見てみたいですわね」


(鏡でも持ってきてあげようかしらwww)


 思惑通りにいってウェルシェは心の中で大爆笑!


 ウェルシェが擁護すればケイト達は必ず反対に批判してくると読んでいたのだ。当然だが、ウェルシェが言っている落伍者とはケイトの息子のケヴィンである。


「あなたも隙が多いから不埒な殿方につけ込まれるのではなくって」


 そうとは知らずにウェルシェを口撃できる格好の材料とばかりにケイトがきつい口調を浴びせてきた。


(この方セギュル夫人にはもっと道化ピエロになっていただきましょう)


 だが、ケイトが躍起になるほど自分の首を絞めているので、しおらしい態度で内心ニマニマしているのだからウェルシェもいい性格をしている。


「はい、私が情け無いばかりにエーリック様が学園でずっと傍にいて守ってくださいました」

「あらあらあら〜」

「うふふ、若い子って大胆よねぇ」

「エーリック殿下もなかなか隅に置けないわ」


 ケイトの派閥とは違う別のテーブルから声が流れて来た。


「やっぱり若い子はこうでなくっちゃ」

「そうそう、命短し恋せよ乙女よ」


 それはウェルシェとエーリックに好意的な夫人達の――と言うより若者の恋バナ好きのおばちゃん達による井戸端会議だ。


「ですが、それでもその殿方はあろう事かエーリック様を無視して強引に私に言い寄って来られて……」

「まあ! 何て無礼な」

「いくら子供のする事でも許されませんわ」

「親の躾が悪いのですわね」


 婚約者や恋人が傍にいながら女性を口説くなど非常識極まりない。しかも王族を無視してその婚約者に粉を掛けるとは想像だにできない無礼者である。


 ウェルシェは今の一言でその男ケヴィンがどれだけ痴れ者かを決定づけるのと同時に自分の非を払拭した。


 つまり、婚約者を、それも第二王子を随伴してさえ口説いてくる非常識な男では、自分に隙がなくとも打つ手が無いと言っているのだ。


「しかも、その方は大衆の面前でエーリック様を王族の地位を使って横暴に振る舞っているといわれのない暴言まで吐いて」

「何ですって!?」


 普段温厚な側妃エレオノーラがテーブルにバンっと手をついて激昂した。


「私との婚約はエーリック様が王族の地位を乱用したのだと仰るのです」

「私の優しい息子エーリックに言い掛かりを付けたのはいったい誰ですか!?」


 普段大人しいエレオノーラが怒り狂うのも無理はない。


 王族の一員には継承権があり、王権を濫用する暴君・暗愚になると詰られたに等しいのだ。エレオノーラやエーリックがいかに王位に興味が無いと言っても見過ごせない批判である。


(いやぁ、ここまで予想通りに事が進むなんて我ながら恐ろしいわ……でも止めないけどねw)


 完全に流れを掌握したウェルシェは容赦なくとどめに入った。


「あ、あの、この場で名を口にして良いものか……」

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