第22話 その妖精姫、本当は魔王じゃないんですか?

 歩く度に揺れる長い髪は白銀にきらめき、翠緑すいりょくに輝く瞳は涼やかで、まるで森の息吹を感じさせているよう。


 美しさの中にも愛らしさがあり、まるで物語の世界から妖精が迷って抜け出てきてしまったのではないか、そう錯覚してしまいそうだ。


 それが侯爵令嬢ウェルシェ・グロラッハだとオルメリアは本能的に理解した。


「ねっ、ねっ、すっごく可愛いでしょ!」

「ええ、噂には聞いていたけれど……これほどとは思わなかったわ」


 自分の息子の婚約者ウェルシェを我が事のようにエレオノーラが誇らしげに自慢するが、オルメリアは素直に頷いた。


(ため息が漏れ出るほどとはこのことね)


 とても同じ人間とは思えない絶世の美少女。


 いや、本当は人形なのではないか?

 誰かが芸術的な魔導人形ゴーレムを製造したのでは?


 ウェルシェの現実離れした美貌にオルメリアはそんなあり得ない思考に囚われた。


「本日はお招きいただきありがとうございます」


 だが、作り物ではないかと思われた少女が、淀み無い動作でドレスの裾を摘み軽く膝を折って礼をしたではないか!?


「グロラッハ侯爵家の長女ウェルシェにございます」


 ふわりとした笑顔を浮かべる少女は紛れもなく本物の生きた人間である。


 続いて一緒に来訪して来た人の良さそうなシキン伯爵夫人も挨拶をした。だが、これほど見事な所作を披露する少女に、果たして付添人が必要だったのかオルメリアは疑問に感じた。


「二人ともよくいらしてくれたわね」

「ふふふ、ウェルシェさんはこっちの席よ」


 今回は側妃エレオノーラとの親睦と周囲への仲良しアピールが目的でもある。だからこそ本来なら夫人しか招待しない茶会にエレオノーラの息子エーリックの婚約者ウェルシェを招いたのである。


 その一環でウェルシェを自分達と同席させた。


 だが、グロラッハ侯爵家の高位の者ではあってもウェルシェはまだ一令嬢でしかない。社交界で名を知られた夫人達の中で、王妃と同席するのは少々酷ではないかとオルメリアにも危惧はあった。


「王妃殿下ならびにエレオノーラ様と陪席させていただく栄誉に預かり恐悦至極に存じます」


 そんなオルメリアの心配をよそにウェルシェは挨拶をして臆した様子も見せずに流れるように椅子に座る。


 その彼女の一挙手一投足に夫人達の注目が集まった。オルメリアもウェルシェをつぶさに観察していたが、手先の所作から全てがとても優美で見惚れてしまった。


(とてもオーウェンやエーリックと同年代とは思えないくらい自然体だわ)


 礼儀作法が完璧な貴族子女はいなくもない。オーウェンやエーリックにしても幼少期から徹底的に鍛えられており、難なくこなしている。


 だが、それを目上の者が注目する中で気負った様子を微塵も見せずに披露するのは並大抵の胆力ではない。


(触れれば消えてしまいそうな弱々しい令嬢と聞いていたけれど)


 オルメリアは何となく違和感を覚えた。


 確かに噂で聞いた通り見た目はとても儚げな少女だ。少し頼りなさげで、だからそれが逆に庇護欲を駆り立てる。


 だが、来場した時の圧倒的な存在感と言い、王妃の自分にも動じる事のない豪胆さと言い、受ける印象がどうにもちぐはぐだ。


(どうやら外見に惑わされたら痛い目を見そうね)


 だからウェルシェを警戒すべき人物と本能が告げている。


 王妃として君臨してきたオルメリアにはウェルシェが見た目通りの幻想的な少女とは思えなかった。むしろ、獰猛な肉食獣のような、気を許せばあっという間にとって食われる恐ろしい化け物に見える。


「ふふ、とても可愛らしいお嬢様ね」

「学園では色んな殿方に言い寄られているそうよ」


 オルメリアの耳に棘を含む会話が入ってきた。席を配置したのはオルメリアであるから見るまでもなく誰が話しているか彼女には分かる。


(セギュル侯爵夫人の派閥ね)


 セギュル侯爵夫人ケイト――オーウェンが自分で勝手に側近として選出した側近の1人、ケヴィン・セギュルの母である。


 オルメリア個人としては好ましくない人物であったが、政治力学的均衡の為に招待したのである。だが、早くもオルメリアは後悔し始めていた。


「学園へは殿方を漁りに行かれているのかしら」

「あらあら、純情そうな顔をして随分とはしたないのね」

「もう少し慎みを持って欲しいわ」


 ケイトは自分を王妃派と自認している節があり、側妃エレオノーラやエーリックに対し攻撃的なのである。


 明らかに聞こえる声でウェルシェを陰湿に中傷しているのはエレオノーラへの牽制であろう。


 もっとも、エレオノーラとの関係を良好に保とうと腐心しているオルメリアにとって余計なお世話なのだ。だが、ケイトはそれを理解出来ず勝手に忖度して引っ掻き回している。


「くすくす、学生生活を謳歌していらっしゃるようね」

「まあ、それではエーリック殿下も気が気ではないでしょう」


 ケイト達の口撃にエレオノーラが青くなってウェルシェの顔を窺っている。ウェルシェが泣き出さないか心配になったようだ。


 これくらいの嫌味は社交場では珍しくないが、通常ならデビュタント前の令嬢にはきつい洗礼である。


 だが、オルメリアは見た。


 ケイト達誹謗中傷の源を一瞥したウェルシェの目がほんの一瞬だけとても冷えていたのを。そして、そのすぐ後にわらったのを。


 それは誰もがため息を漏らし見惚れるような美しく幻想的な妖精の微笑み。


 だが、オルメリアには壮絶な魔王の嘲笑としか見えなかったのだった……

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