第21話 そのサロン、いよいよ真打登場ですか?

「はぁ……」


 思考の沼にはまったオルメリアは無意識にため息を漏らしてしまった。


「どうかされましたかメリー様?」

「えっ、ああ、ごめんなさい」


 そんな彼女を心配して声を掛けるエレオノーラは本当に人の好い性格をしている。だから政敵であるはずの彼女をオルメリアは嫌えない。


(ううん、むしろ私はエレンのことが好きなのよね)


 伯爵令嬢であったエレオノーラは現国王と熱愛の末に側妃となった経緯がある。普通なら王妃オルメリアとの間に軋轢あつれきを生じていてもおかしくなかった。


(エレンは良い子なのよねぇ)


 ところがエレオノーラは権力に頓着しない性格な上に何故かオルメリアに良く懐いてしまっている。その仲の良さいちゃいちゃは夫である国王が嫉妬するほどなのだから相当なものだ。


(それに、いつまでも可愛いし)


 思わず若い時にしていたように頭をよしよしと撫でると、エレオノーラは嬉しそうに破顔した。


「うふふふ、もうメリー様ったら」


 そんなエレオノーラには随分と振り回されたものだが、自分を姉の如く慕ってくるエレオノーラにいつの間にかほだされてしまっていた。


「エレンが羨ましいわ」

「私が?」


 エレオノーラは目をぱちくりとさせた。


「メリー様の方がずっと美人で頭も良いのに、私の何に羨ましがるんです?」

「エーリックはあなたみたいに良い子に育っているでしょう」


(私はどこでオーウェンの教育を間違えたのかしら)


 何がいけなかったのかと、彼女は悩んでしまう。

 甘やかし過ぎたのか、それとも厳し過ぎたのか?


 古今東西、聖人君子でも我が子の教育は難儀するものであるとは聞いている。だが、その問題が自分の身に降り掛かるとはオルメリアは思いもしていなかった。


(それに比べてエレンはエーリックを真っ直ぐ育てているわ)


 確かにエーリックには多少頼りないところはある。だが、彼は自分の足りない部分をきちんと理解し努力している様子が窺えた。


「何を言っているの?」


 ところがエレオノーラは不思議そうに聞き返した。


「オーウェン殿下も良い子よ。情が深いし、とっても正義感が強いじゃない」

「えっ、ええ……そうね……本当にそうだわ」


 エレオノーラの言葉にオルメリアははっと気付かされた。


(私は国母であると同時にオーウェンの母親じゃない。私が真っ先に見放してどうするの!)


 エレオノーラが愛されるのは自然に相手の良い部分を認めて包み込むところだ。それに比べて相手の欠点ばかりあげつらうのは自分の悪い癖だとオルメリアは自戒した。


(甘いとか厳しいとかではないわね。私はきちんとオーウェンと向き合っていなかったのかもしれない)


「イーリヤさんも素敵なレディで将来はきっと良い王妃様になれるわ」


 楽しみねと屈託なく笑うエレオノーラに釣られてオルメリアも微笑んだ。


「ありがとうエレン」

「ん?」


 オルメリアとしてはエレオノーラのお陰で吹っ切れたのだが、エレオノーラは突然お礼を言われて訳が分からないと小首を傾げた。


(私一人が無用な悩みを抱えているみたいだわ)


 そんなエレオノーラに自分の一人相撲が滑稽でオルメリアは苦笑いが出てしまう。


「そう言えばウェルシェがシキン伯爵夫人を随伴して来るらしいわ」


 どうにもばつが悪くオルメリアは話題を変えた。


「あら、ウェルシェさんはお一人じゃないのね」


 この茶会は夫人のみの集まりである。その為、デビュタント前の令嬢であるウェルシェが付添人を伴うのは特段おかしくはない。


 ただ――


「でも、ウェルシェさんはシキン伯爵夫人と知己だったとは知らなかったわ」

「ええ、私も初耳よ」


(グロラッハ侯爵家とシキン伯爵家は所領が離れているし交流もあまり無かったはず)


 デビュタント前で夜会にも出ていないウェルシェが何処でシキン夫人と知り合ったのか、オルメリアは不思議に思った。


(何かしら……胸騒ぎがするわ)


 オルメリアの何か良くない事が起きる、そんな予知めいた不安に緊張し胸がドキドキと高鳴る。


 その時、会場がざわっとさざめいた。


 周囲から騒めきが起きたせいで、何が原因か分からない。しかしながらオルメリアとエレオノーラは同時に同じ方へ視線を向けていた。


「「――ッ!?」」


 二人とも理屈ではなく原因の方向を察知したのだ。そんな普通ではあり得ない現象を不思議とも思わないほどの存在感を放つ人物がそこにいた。


「まあ! なんて愛らしい」

「息子が言っていたようにお人形さんみたいね」

「『妖精姫』との噂も納得だわ」


 白銀の髪シルバーブロンド翠緑の瞳エメラルドグリーン、精巧な人形のように整った顔立ちの少女。触れれば壊れてしまいそうなほど華奢な少女。


 それは誰の目も惹く存在感の大きな美しさでありながら、それでいて何処か消えてしまいそうに儚げな妖精を思わせる。


 その美しき乙女は――侯爵令嬢ウェルシェ・グロラッハ……

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