第24話 その妖精もどき、本当に人が悪くないですか?

「あ、あの、この場で名を口にして良いものか……」


 なんともしおらしい態度をしているが、ウェルシェは絶対にここで名を告げるつもりだ。そして、必ずその流れになると確信している。


「事は王家の威信にも関わります」


 黙って聞いていたオルメリアが眉間に皺を寄せて口を挟んだ。


(きたきたきたぁ♪)


 エレオノーラとの関係に気を使っているオルメリアなら無視はできないだろうとウェルシェは踏んでいた。


「構いません。私が許可します」


 果たして予想通り食い付いてきた。


「それで、誰が難癖をつけているの?」


 見れば王家への反意とも取れる内容にオルメリアも立腹している様子だ。


「ケヴィン・セギュル様ですわ」

「そんな!?」


 ケイトが悲鳴にも似た声を上げた。


「あり得ないわ!!」


 それはそうだろう。先まで非難の対象にしていたのが自分の息子だと知らされたのだから。


 しかも、王家への叛意とも取れる言動までしているのだから、下手をすればセギュル家とてお咎め無しとはいかない可能性まである。


「言い掛かりはやめてちょうだい。ケヴィンは品行方正で優秀な子よ。だからオーウェン殿下のお声掛けがあり側に仕えるのを許されているのだから」

「あ、あの……」


 物凄い剣幕で迫って来たケイトにおどおどとウェルシェは怯えたが、もちろん全て演技猫被りである。


「こちらの方は?」


 シキン夫人から既に教えてもらって知ってはいるが、ウェルシェは敢えて知らぬフリをした。


 初対面で名乗りを受けていないのを周囲に印象付ける為である。


「セギュル夫人、失礼ですよ」


 オルメリアから叱責を受け、この時に初めてケイトは己の落ち度に気が付いた。周囲の夫人達の視線も白い。


(くっくっくっ、ほぉんと良く踊ってくださる方ね)


 全ては心の中で真っ黒い笑いを浮かべるウェルシェの手の平の上。


 王妃主催の茶会で、しかも王妃のテーブルに着く招待客に紹介も受けずに勝手に声を掛けるなど重大なマナー違反だ。この一事を見てもケイトが非常識であり、その息子ケヴィンの奇行に信憑性が生まれてしまった。


「まあ、セギュル侯爵夫人でいらしたのですね」

「そ、そうよ、私がケヴィンの母ケイト・セギュルです」


 もはやケイトは引くに引けず開き直ってウェルシェに挑むような目を向けた。


「ケヴィンがそんな振る舞いをするはずがないわ。変な言い掛かりは止めてちょうだい!」


 だが、それはウェルシェの思うつぼ。


「だ、誰がそんな根も葉もない事を!」

「あの、とても申し上げにくいのですが……」


 さも困ったとウェルシェは片手を頬に当てて眉根を寄せる。


「ケヴィン・セギュル様が落第寸前の成績であるのは公になっておりますし、不特定多数の女性を侍らせているのは全校生徒、全職員が知るところですの」

「そんな!?」


 あまりの証人の多さにケイトがショックに青ざめる。


「その、何と申し上げてよいのか」


 いたましそうにウェルシェは顔を曇らせた。もっとも、内心で舌をべーっと出してケタケタ笑っているのだが。


「だけど、だからと言ってあの子に限って王家に歯向かうような言動までするとは信じられないわ」

(はーい、うちの子に限って入りました〜)


 ケイトが恥の上塗りを重ねに重ねる姿を見てウェルシェは爆笑するのを抑えるのに必死だ。


「これも申し上げにくいのですが……」


 言いたくてウズウズしていたくせに、ホント意地が悪い。


「ケヴィン・セギュル様は王家の力でむりやり私に婚約を結ばせたとエーリック様を糾弾なされて……生徒達が大勢いる学生食堂カフェテテラスで」

「それは本当なの!?」


 ケイトの悲鳴にも似た声にウェルシェは沈痛な面持ちで俯いてバレないようにほくそ笑む。


 お茶会に参加している段階で全ての準備を整え終えている。この場はもはやウェルシェの独壇場なのだ。


「間違いありません」


 そう答えたのはウェルシェではなく、共に来訪したシキン伯爵夫人であった。今までずっと黙して語らなかった彼女が突然その沈黙を破ったのである。


 そう、彼女こそウェルシェの切り札。


 オーウェンに見捨てられ学園で孤立していたジョウジ・シキンを手懐けた理由の1つだ。


「私の息子もその場に居合わせたと申しており、確認したところ多数の生徒が目撃しているそうです」

「シキン夫人が仰るのなら間違いはありませんわね」

「ええ、嘘偽りを口にされる方ではありませんもの」


 周囲の夫人達にとってケヴィンの素行の悪さはもはや確定事項となった。それほどシキン伯爵の者が明言した内容は重いものである。


 これが『貴族の良心』とまで称されるシキン家の影響力なのだ。


 シキン夫人はさほど容姿に優れてはいない。実家も吹けば飛ぶような男爵家だ。それなのに温厚篤実な性質をシキン伯爵に愛され結ばれた経緯は社交界でも知らぬ者がいないほど有名である。


 誰もがシキン伯爵夫妻の誠実さを知っており、その子供達も同様に目されているのだ。


 家門の権力、財力は弱くとも発言力の一点に置いてシキン伯爵家の右に出る者はいない。


(これほどの力をむざむざ手放すオーウェン殿下の気が知れないわね)


 せっかく国王陛下が幾つもの珠玉の原石を与えられながら、オーウェンはその真贋を判別できず捨て去った。


 きっと彼は一生その価値を理解できまい。


(代わりに私が有効活用してあげます)


 ウェルシェにしたら労せず有能な手駒を手に入れられたのだから笑いが止まらない。


「何故か私がご自分に恋慕しているのだとありもしない妄言を喚き散らすほどケヴィン・セギュル様は常軌を逸しておりました」


 そして、ウェルシェにはそれらの強力な駒を使う能力ちからが備わっていた。


「そこで私がお慕いしているのはエーリック様だけだと何度も訴えたのですが、王家からの圧力で言わされているのだろうと聞き入れてくださらなかったのです」


 その証拠にウェルシェの手の平の上で繰り広げられる茶番劇がこれから始まろうとしていた……

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