第25話 その妖精もどき、まだヤル気ですか?

「ケヴィン・セギュル様は衆目の中でも構わず、嫌がる私の腕を強引に掴んで無体を働こうとなさったのです」


 ああ、とウェルシェは美しい顔を曇らせ嘆き声を上げる。それに釣られて周囲の夫人達の顔も痛ましそうに眉をひそめた。


「ですが、そこでエーリック様がケヴィン・セギュル様の手を払い除け敢然と立ち向かってくださったのです」


 まるで恋する乙女の如くウェルシェはうっとり陶酔するように頬を染めた。

 ここにカミラがいれば胡乱げな目を向け、何のお芝居ですかと問いそうだ。


「まあ素敵!」

「絶世の美少女を巡って男の子達が争うのも尊いわ」

「若いっていいわねぇ」


 だが、夫人達は純真無垢な美少女の擬態を見破れず、若い子達の恋物語に黄色い悲鳴を上げて喜んだ。


 ただ、その中でオルメリアだけが周りに同調せずウェルシェを観察するようにじっと見つめていた。


(セギュル夫人を大人しくさせてくれたのは助かるんだけど……)


 正直に言ってケイトの勘違いによるマウント取りはオルメリアも辟易していた。だから、ウェルシェが彼女をやり込めてくれたのには胸がすく思いである。


 セギュル夫人のテーブル以外の夫人達も彼女を煙たがっていたから同じ思いなのだろう。


 だからこそ天然なウェルシェがいけ好かないケイトに大打撃を与えたのを手放しで喜んでいるのだ。もっとも本当は天然ではなく演技なのだが。


 ウェルシェの擬態をオルメリアは見破っていたし、被害がケイトにだけ限定されるなら問題はないと思っている。


(だけど、この子はそれで済ませてはくれないわよね)


 オルメリアは気がついていた――ウェルシェが語ったケヴィンの話が、国王から聞かされたオーウェンの直談判と内容が同じであると。


(オーウェンから『横恋慕に加担するな』とか『真実の愛を尊重しろ』だとか訳の分からない苦情を捲し立てられたと、陛下あの人から聞かされた時は耳を疑ったのだけれど……)


 息子は何を勘違いしているのかとオルメリアは首を傾げた。


 なんせ当人同士は納得済みなのを確認していたからだ。それに、この婚姻によりエーリックは王族から離れ臣籍降下するので、オーウェンの立太子がほぼ確実となるのだ。


 だが、オーウェンはエーリックのグロラッハ家への婿入りの意義を理解していなかったらしい。


(ケヴィンの暴走にオーウェンも絡んでいると見て間違いなさそうね)


 虫も殺さぬ顔をしているウェルシェだが、オルメリアは彼女がかなりの腹黒だと既に確信していた。恐らくウェルシェはオーウェンについても言及するだろうとオルメリアは身構えた。


「ですが、そこにオーウェン殿下が割って入って来られて……」

(やっぱり)


 予想通りの展開にオルメリアは暗澹たる気持ちになる。


「私がいくらエーリック様と想い合っているのだと説明しても聞いてくださらず、私達の仲を引き裂こうとなさったのです。それで……」


 ヨヨヨと泣き真似をしながらウェルシェは学園でオーウェンが仕出かした詳細を語ると夫人達から同情の声もちらほらと聞こえて来た。


「まあ! なんておいたわしい」

「国王陛下にまで直談判されると宣言されるなんて」

「さぞ心細かったでしょう」


 実際オーウェンは自分達のところへ来て公言しているので誤魔化せない。


(ここは素直にオーウェンの非を認め、グロラッハ家へ幾許いくばくか権益を与えて手打ちに持ち込みましょう)


 だが、彼女も一国の王妃である。既に対応策は考えていた。


「オーウェンが勝手な思い込みでエーリックやあなたに不安を与えてしまった事、一人の母としてまた一国の王妃として誠に遺憾です」


 恐らくウェルシェが望んでいるのも何かしらの見返りだろうと、ある程度・・・・オルメリアは彼女の性質を見抜いていた。


「二人には迷惑をかけましたね。オーウェンには私から良く言って聞かせます」

「ありがとうございます」


 あくまで『ある程度』であったが――


「ですが、果たしてオーウェン殿下が聞き分けてくださるか……これからも学園でケヴィン・セギュル様と一緒に難癖をつけて来るのではと不安で……」

「それはどういう意味ですか?」


 表面上は美しい微笑みアルカイックスマイルのままだが、オルメリアは内心では少しむっとしていた。


 それはそうだろう。自分の息子を独善的な者と詰られたのだから。


 だが――


「実は……オーウェン殿下は学園でとある男爵令嬢を侍らせているのですが……」

「……」


 オルメリアは痛いところを突かれた。


 オーウェンが浮気をしていると耳にしてオルメリアは息子を窘めた事があった。だが、一向に改善されていないのである。


「それに対して諫言した側近を排斥なさったのです」

「何ですって!?」


 しかも、寝耳に水の追撃まで。

 ウェルシェに一片の情け無し!


「オーウェンは誰を退けたのです?」


 オルメリアはシキン夫人をチラリと見て嫌な予感に襲われた。


(もっとも最悪なケースはジョウジ・シキンだけど……)


 ウェルシェがシキン夫人を連れて来たという事は最悪のケースであろうとオルメリアは予想した――が、事実はオルメリアの思っていたより遥か上空を行っていた。


「全員です」

「なっ!?」


 オルメリア絶句!

 もはや言葉もない。


「自分の行いを咎める者を排斥した今のオーウェン殿下をお止めできる方は学園にもはやおりません」


 だが、魔王の如きウェルシェに容赦は無い。


「さらには浮気相手の男爵令嬢が薦めた見目の良い令息ばかりを近くに侍らせ学園内で我が世の春……」


 手心を加えぬウェルシェの追い討ちに、オルメリアはくらりと眩暈を覚えた。

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