第69話 その企み、本当におじゃんなんですか?

「これはどういう事?」


 講堂を見回しながらウェルシェは顔をしかめた。


「そ、それはこちらが聞きたい!」


 案内人に化けていた男が強気に言い返したが、荒げた声に反してその顔は青い。


「ケヴィン様、どこにもいないじゃない」

「し、知らん!」


 ウェルシェに咎められた案内人も動揺を隠せない。


「なぜケヴィン様がいないのだ!?」

「ほ、本当にここで落ち合うはずだったんだ!」


 どうやら襲撃者達にも想定外だったようである。


「まったく、せっかく張った罠が無駄骨になっちゃったわ」


 ウェルシェは不満げに口を尖らせ、ロープでぐるぐる巻きに拘束されて床に転がされている男達を見下ろした。


「まったく、肩透かしもいいとこよ」


 閉じ込められ怯えながら振り向いたウェルシェの目に入った光景は、人っ子一人いない広い講堂。ケヴィンの姿などどこにも見当たらなかった。


「レーキ様達が息を殺して隠れていたのがマヌケみたいじゃない」

「恥ずかしくなるから指摘しないでください」


 実は一番の間抜け顔を晒したのはウェルシェだったが、隣に立つレーキ達にマヌケ要素の全てを押し付けるのはさすが腹黒である。


「せっかく情報を得て事前に罠を張っていたのに全てパァよ」


 ケヴィン到来の報を受けたウェルシェ達は、セギュル家が送り込んだ者達の動向を探った。その結果、この外れの校舎を使用するとの情報を得て、レーキ達は事前に校舎内に潜入したのである。


 この講堂にもレーキを含む数人の配下が隠れ潜んでいた。後はウェルシェの合図を待ってケヴィンを含む賊共を一斉に捕縛するだけだったのである。


 ところが、講堂にわざと閉じ込められてみればケヴィンの姿はどこにもない。手ぐすね引いて各所に隠れているレーキ達の気配があるばかり。


 さあ、クライマックスと意気込んで演技をしていただけに、ウェルシェの受けた精神的ダメージは大きかった。


 意味が分からずウェルシェはしばし呆然。隠れて講堂の状況が分からないレーキ達はウェルシェの合図を待ちぼうけ。


「一番の被害者はジョウジ様よねぇ」

「すまないジョウジ、助けが遅れて」

「い、いや、イツッ……だ、大丈、イタタタッ!」


 ジョウジはボロボロになっており現在治療中である。


 ウェルシェは口をあんぐり開けてたっぷり数分間マヌケ顔を晒してしまっている間に、ジョウジは集団暴行リンチを受け続けていた。


 仲間の助けを信じて待っていたのに、ウェルシェが我に返って合図を送るまで一人で必死に抵抗していたのである。


「それにしてもケヴィン様はどこへ行ったのかしら?」

「コイツらも本当に知らないみたいですね」


 途中までセギュル夫人の思惑通りに事は進んでいた。床で転がっている連中もそのつもりで動いていたはずである。


 ところが、ケヴィンのみがその思惑から外れてしまった。


「こっちとしても想定外よ」


 せっかくケヴィンを社会的に抹殺できると喜んでいたのに、これではあまりダメージを与えられない。


「コイツらを証拠としてセギュル家を裁けませんか?」

「そいつは無理だなジョウジ」

「ええ、コイツらは最初から捨て駒だもの」

「なっ!? それはどう言う意味だ!」


 ウェルシェの言葉に案内人の男がギョッとした。彼のお仲間達も驚愕してウェルシェを見上げている。


「当たり前でしょ」


 ウェルシェは床に転がる浅はかな連中に侮蔑の視線を送った。


「あなた達ねぇ、貴族子女を襲撃して無罪放免になると思ったの?」

「えっ、だってセギュル夫人が……」

「は、話が違う!?」


 彼らはただの雇われの平民である。

 事情がまったく飲み込めていない。


「おそらく小金を掴まされて『簡単に稼げて良い思いもできるぞ』とでも言われてホイホイ口車に乗ったんでしょ?」

「………」


 その沈黙がウェルシェの予測を正しいと告げている。

 ウェルシェは彼らの浅慮に大きなため息を漏らした。


「バカねぇ、あなた達は切り捨てられる予定だったのよ。セギュル夫人の計画が成功しようと失敗しようとね」


 もともと高位の貴族令嬢を襲って強姦するなど完全な犯罪である。同じ貴族のケヴィンと言えども無事では済まない。


 それに加担したなら平民の彼らは間違いなく重い罰を受ける。

 再犯の防止と貴族の面子から、彼らの極刑は免れないだろう。


「セギュル夫人は私の純潔を盾にケヴィン様との婚姻を交渉するつもりだったみたいだけど、あなた達を救うつもりなんてないでしょうね」


 むしろ、積極的に口封じをしにかかっただろう。


「死ぬのは嫌だ!」

「た、助けてくれ!」

「二度とバカなマネはしない!」


 説明を受けた暴漢達は真っ青になって助命を懇願した。


「無理ね」


 だが、虫も殺さぬ優しげな少女の口から出たのは無慈悲な言葉。


「俺達は騙されたんだ!」

「そうだ、こんなのはあんまりだ!」

「だからよ」


 喚き散らす男達に向けられたウェルシェの目は、『妖精姫』と讃えられた少女とは思えぬほど冷たいものだった。


「今後あなた達のような馬鹿が出てこないように貴族への犯罪は見せしめに重罪になるものなの」

「そ、そんな……」


 可哀想ではあるが、法的な問題でありウェルシェにもどうすることもできない。


「と言うわけで、コイツらを証拠にしようとしてもシラを切られるのがオチなのよ」

「それではせめて学園にいるケヴィンを捕まえて蟄居中の身で外出しているのを糾弾しますか?」

「それくらいしかできないのよねぇ」


 手分けして学園内を捜索しなければならない。少数精鋭のウェルシェにとって人手の必要になる事態は避けたかったのだが。


「ケヴィン捜索は我らに任せて、ウェルシェ嬢は競技会場へお向かいください」

「そうね、不戦敗になっているでしょうが、騒がせた以上は謝罪と事情説明をしないとね」


 なんとも気が重いが、事後処理のためウェルシェはレーキを伴い試合会場へと足を向けたのだった……

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