第56話 その腹黒、どこまでが演技なんですか?

 競技を終えたウェルシェは、次の試合までに汗を流そうと選手控え室へと向かっていた。両脇をレーキとジョウジに守られながら廊下を進む。


「ん?」


 ふと、行く手に人の気配を感じて、ウェルシェは目を凝らして前方を見つめた。そこにいたのは、優しげな微笑みを湛える金髪の美少年。


「ウェルシェ!」

「エーリック様!」


 その正体に気づき一度手を振ってから、ウェルシェはタタタッと小走りにエーリックへと近寄った。


「一回戦突破おめでとう」

「ありがとうございます」


 嬉しそうなウェルシェの笑顔にエーリックも自然と目尻が下がる。


「ウェルシェの実力は知っていたつもりだったけど、初戦からいきなりパーフェクトを出すなんて思っていなかったよ」

「くすくす、私も思っていませんでしたわ」


 朗らかに笑いあう二人。


「あれは本当に出来すぎでしたわ」

「いや、ウェルシェの実力だよ」


 自分は全ての競技で予選落ちしていながら、婚約者の好成績にもエーリックは卑屈な様子を微塵も見せない。


「もっと間近で応援できれば良かったんだけど……」

「仕方ありませんわ」


 心からウェルシェの勝利を祝ってくれるエーリック。やっぱり優秀な婚約者を疎ましく感じているオーウェンよりずっと器が大きいとウェルシェは思う。


「競技に出場するだけで私達は護衛に負担をかけますもの」

「そうだね。せめて応援だけは貴賓席で大人しくしていないとね」


 エーリックはチラッと背後を見た。


 その視線の先には学園の生徒ではないスレインとセルランがいた。


 さすがに外部の者が出入りする剣魔祭ではエーリックも護衛は必要なようで、日頃は学園に連れてこない二人を供としていた。あまり会場をウロウロするのは、二人の手を煩わせるとエーリックも理解している。


 続いてエーリックはウェルシェの両脇に立つレーキとジョウジをちらりと見た。


「ウェルシェの方は大丈夫かい?」


 エーリックがストーカーについて尋ねているのだと察せられないほどウェルシェは鈍くない。


「ご心配をおかけして申し訳ございません」


 眉を落として詫びた。


「ですが、レーキ様とジョウジ様がこうして護衛してくださり、つけ回されている気配はなくなりましたの」

「それは……良かった」


 愁眉を開いたウェルシェの様子に、エーリックは何とも複雑な表情となった。


「エーリック様?」

「ごめん、ウェルシェ」


 婚約者の微妙な変化にウェルシェが不思議そうに首を傾げると、エーリックは顔を歪めて謝罪した。


「優先されるべきは君の安全だから、何も起きていないのは良いことなのに……それでも僕は自分の力で君を守れないのを悔しいって思ってる」


 エーリックは自分の情けない心情を吐露する。


「君を守ってくれている彼らに嫉妬なんてみっともないって分かってはいるんだ……でも……それでも僕は自分が不甲斐なくて」

「いいえ、いいえ」


 忌避しながらも醜い感情を制御できずに、エーリックは胸が苦しくなった。だが、ウェルシェはそんなエーリックが好ましく思う。


「嫉妬はエーリック様が私を想ってくださっている裏返し、嫉妬を恥ながらも素直に告白されたのはエーリック様の誠実さと勇気の現れ……」


 ウェルシェは俯くエーリックの両手を自分の手で包み込んだ。


「みっともないなんて事ありませんわ」

「ウェルシェ……」


 しばし二人の間に沈黙が緩やかに流れる。

 それは寂しくも温かいとても優しい時間。


 微笑ましく見守る四人は、できれば二人の邪魔をしたくはなかった。しかし、ウェルシェは二回戦を控えている。


「こほん、こほん」


 レーキがわざとらしく咳払いした。


「そろそろ時間も迫っておりますので、ここら辺で……」


 控え室へ戻らねばウェルシェの休息する時間がなくなる。


「ごめん、これ以上は次の試合に影響するね」


 取り合っていた手をエーリックは名残り惜しそうに離した。


「本当は傍で応援したかったんだけど……仕方がないね」


 エーリックは自分には過ぎた婚約者と会うたびに、今のままでは彼女の隣に並び立てないと痛感する。


「せめて貴賓席からウェルシェを一所懸命応援するよ」

「ありがとうございます」


 ウェルシェはにっこりと笑った。


「エーリック様が応援してくださっているだけで心強いですわ」


 そう、ウェルシェはいつだってエーリックに欲しい言葉をくれるのだ。


「私も観戦は貴賓席へ参りますので、その時はずっとお傍におりますわ」


 微笑むウェルシェの背後に愛らしく白い百合が咲き誇っている、エーリックにはそんな幻覚が見えた。


 ウェルシェはそれほどエーリックの心を掴んで離さないのだった……

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