第57話 その選手達、本当にモブなんですか?
「えいっ!」
障害物に囲まれた広場の中央で、競技服を身に纏った少女が可愛いかけ声とともに
その先から赤い
魔弾と同じ赤色の髪をたなびかせ、前後左右に現れる
エーリックが見ている前で赤髪の女生徒は次々と魔弾を標的に当てていく。
彼女は一回目パーフェクトゲームを披露し、今もまったく外す気配がない。
どうやら、この試合は赤髪の少女の圧倒的勝利で終了しそうだ。
「凄いな……さすがに本戦ともなると外す方があり得ないと錯覚してしまいそうだよ」
エーリックはそのあまりの正確さに感嘆を漏らした。
「ええ、彼女が的を外す姿が想像できませんな」
その感想にスレインも共感した。
その時、かちゃりと音を立てて扉が開いた。
「あン娘はルーベルト伯爵んとこのルーナミリアって名のご令嬢で、優勝候補筆頭の正真正銘の化けモンだぜ」
ノックも無しに入ってきたのはセルランだった。
「さすがの姫さんも彼女に勝つのはちいと厳しいかな」
順調に勝てば、ウェルシェは明日の準決勝でルーナミリアと対戦する事になる。
セルランの予測はエーリックにとって認めがたいものだった。だが、彼女のプレイを見れば、エーリックも納得せざるを得ない。
彼女同様にウェルシェもパーフェクトゲームを披露したが、経験の差からか安定感がまるで違う。
「レーキ・ノモから情報をもらってこられたのか?」
何の断りの無く隣に座ったセルランをチラッと見てスレインが尋ねた。
少し棘のある口調だったのは彼の無神経な発言を咎めてのものだろう。
「ああ……ケヴィンの野郎にまだ動きはねぇみたいだ」
護衛のはずのセルランがエーリックの側を離れていたのは、ケヴィンの動向についてレーキ達から情報を貰いに行っていたからだ。
「今日はもう何も無いかもな」
「気を抜くな」
そっちの方が楽でいいや、と不謹慎でものぐさな言葉が相次ぐセルランをスレインがキッと睨みつけた。
「常軌を逸しているケヴィンは何をしでかすか予想がつかん」
「へいへい」
だらけたセルランとそれを引き締めようとするスレイン。
いつもの二人のやり取りにエーリックはふっと微笑んだ。
ウェルシェが狙われている不安と婚約者でありながら彼女の傍で守れない焦燥にエーリックは押し潰されそうだった。
セルランがエーリックのそんな緊張を察して場を和ませようとして、真面目なスレインが弛まないように気を配る。
彼らの思いやりに、自分には過ぎた腹心だとエーリックは思う。
優秀な婚約者に有能な側近。
(僕は本当に果報者だね)
自分は彼らに見合わない。だから、頑張って背伸びしながらも努力しなければならないとも思う。
だからエーリックは足掻くのだ。
足掻くしか彼にはできないから……
わっと会場が沸き、エーリックを思考の海から引き上げた。
「やっぱパーフェクトか」
「ふむ、勝負はほぼ決しましたね」
涼しい顔でルーナミリアがベンチへと引き返し、入れ替わるように対戦者の女の子が出てきた。
一回目をルーナミリアにパーフェクトゲームで先取された彼女は二回目は負けられない。
緑色のセミロングをひっつめた彼女はぐっと口を強く締め厳しい顔つきではあった。
再びルーナミリアはノーミスであった以上は彼女にミスは許されないのだ。だが、エーリックには彼女がまだ諦めていないと感じられた。
彼女が広場中央に立つとアナウンスがカウントを始める。
『…5……4……3……』
開始が近づくにつれ少女の緊張が増し、それが伝播したのか会場が息を潜め空気が張り詰めた。
そして、ピーッと開始の合図が鳴り響いてゲームが開始する。
ガコンッ!
「はいッ!」
緑髪の少女は
射出された
次々に出現する
ウェルシェのように華やかでもルーナミリアのように派手でもない。だけど、それだけに彼女の今までに積み重ねてきた努力の影が窺えた。
(彼女も僕と同じなんだな)
天才に立ち向かうために凡人が手にできる武器は努力しかない。彼女がどれだけ必死に練習してきたかエーリックには痛い程よく分かった。
頑張れ……
陳腐だが、心の底から込み上げるエーリックの想いが溢れる。
緑髪の少女の魔弾は今のところ完璧に標的を捉えている。が、彼女の慎重さが緊迫感を増幅させ、どこか危なっかしい。
見ている誰もが彼女はいつかミスをするだろうと漠然としたイメージに囚われながら観戦を続けた。
その観客達がイメージを抱いたせいではないだろう――が、往々にして多くの人の心が一致をした時、それは具現化してしまうものなのかもしれない……
ガコンッ!
ガコンッ!
ガコンッ!
同時に出た三つの標的。
それはウェルシェの時と同じ配置だった。左手に
少女は右の敵人型標的一つを撃ち抜いて、もう一つの人型標的へと
慌てて止めて誤射を回避したが、それが原因で左手の敵人型標的への反応が遅れた。急ぎ撃ち出した魔弾は僅かに標的から外れて、無傷の敵人型標的は無情にも物陰へと消えていった。
勝負が決した瞬間であった。
ああ……
観客席から落胆のため息が漏れ出た。
ガコンッ!
バシッ!
だが、出現した敵人型標的に魔弾が炸裂した。
敗れた少女は競技を止めようとはしなかった。
負けが確定した場合、途中で競技を終了しても問題はない。だが、それでも彼女は歯を食いしばって標的へ
人は無駄だと
それでも少女は魔杖を振るい続けた。
「頑張れ」
そんな彼女の姿にエーリックは自然と呟いていた。
それからの緑髪の少女は一つもミスをする事なく標的を射抜いていく。そして、最後の標的が出現し、緑髪の少女は
緑色の魔弾は吸い込まれるように標的へと着弾する。
この瞬間、彼女の今年の大会は幕を閉じたのだった。
たった一回のミスしかない見事な成績であったが、それでも彼女の敗北は覆る事はない。
「くっ、うっ、うっ……」
少女は泣き崩れた。
頬を伝う涙を拭う事なく、ただ泣き続けた。
その様子を会場はただ静かに見守った。
パチパチパチパチ……
その時、一つの拍手が静寂を破った。
その音に泣き腫らした顔を少女は上げた。彼女の視界に入ったのは貴賓席で手を叩く金髪の美少年。
拍手を贈るエーリックは固く無表情であったが、少女には涙を流しているように見えた。
少女は立ち上がるとグイッと涙を拭い口を引き締めて胸を張る。
パチパチパチパチ……
パチパチパチパチ……
パチパチパチパチ……
止まっていた会場の時が動き出す。
エーリックにつられて少女の健闘と最後まで立派に力を尽くした振る舞いに、会場から拍手が沸き起こった。
『勝者ルーナミリア・ルーベルト!』
主審の宣言で緑髪の少女の今年の試合は終わった。
だが、彼女はもう涙を見せず貴賓席のエーリックへ深々と頭を下げると会場を去っていったのだった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます