第55話 そのストーカー、本当にまだ動きがないんですか?

「それで、まだケヴィン様に動きはないの?」


 ジョウジとレーキに守られながら控え室へと続く廊下をウェルシェは進む。その途中で、ウェルシェはケヴィンの動向が気になった。


 今のウェルシェの関心事は剣魔祭の成績ではない。この学園祭の間にケヴィンを罠に嵌められるかどうかである。


「セギュル家を見張っている者からの定時連絡では、ケヴィンはまだ屋敷から出ていないようです」

「そう……なの」


 ジョウジの報告にウェルシェは少し考え込む。


「ケヴィン様が昨日の予選を避けたのは予想通りなんだけど……」


 初日は校内各所で様々な競技の予選が行われた。そのため、生徒以外にも応援に来ている親族達で多くの者が学園に出入りしていた。


「ええ、人の出入りが激しく潜入にはもってこいなんですが……」

「いかんせん人目のつかない場所がありませんでしたから」


 だが、数多の予選試合を消化するため学園全域を会場にしていた。だから人気の無い場所が皆無であり、犯行に及ぶのは難しいだろうと読んだのである。


「試合の全てが観客動員数の大きな主会場のみになる本戦初日に仕掛けてくるって思ったのよね」


 ジョウジとレーキの推測に同意しながらも、ウェルシェは今日来るとの予測が外れて肩透かしを食らった気分だ。


「予選が終了した今日以降は皆が限定された会場に集まりますからね。確かに空き教室など死角となる場所には事欠きません」

「ですが、それは明日も同じではありませんか?」


 剣魔祭の期間は三日。


 初日は前述の通り予選が行われ、二日目から本戦となり、明日は各競技の準決勝や決勝が行われる。


「明日は護衛付きの貴賓席で私は観客になっている可能性が高いのよ?」


 今日ならウェルシェはまだ選手として出場している。選手なら会場を移動しており、襲撃するチャンスは間違いなく多いと推測できるはずだ。


「ですが、あなたは氷柱融解盤戯アイシクルメルティング魔弾の射手クイックショットの二競技で優勝も目指せるのではありませんか?」

「レーキの言うように、セギュル夫人もそれを予想したかもしれませんね」

「どうかしらね」


 正直に言えば魔弾の射手は勝ち進むのは無理だと思っているが、氷柱融解盤戯の方は優勝する自信がある。


 氷柱融解盤戯は精密な魔力コントロールがものを言う競技だ。0.1度単位で正確に温度を調節できるウェルシェの魔力コントロールは学生レベルを遥かに超えている。この競技に限っては学園に敵はいないだろう。


「私が決勝に進める力があるとしても、セギュル夫人はそれを知らないでしょ?」

「それはそうですね」


 ウェルシェが決勝へ進める保証はできない。ウェルシェの推論を理解してジョウジも首を捻った。


「もしかしたらケヴィンは学園に来ないかもしれません」

「だけど、侍女からの情報ではセギュル夫人は剣魔祭でケヴィン様に私を襲わせる算段だって」

「諦めた? それとも侍女が偽情報を摑まされたか?」


 レーキの口から出た予測にウェルシェとジョウジは懐疑的である。


「いえ、そうではなく……襲撃場所が学園とは限らないのではないかと。あるいは人を使ってウェルシェ嬢をかどわかして屋敷に連れ込むつもりとか?」

「それなら剣魔祭に限定する必要はないと思うのだけど……」


 レーキの考えは分かるが、ウェルシェはどうにも釈然としない。


「確かにそうですね」

「どうにもセギュル夫人の考えている事が掴めません」


 セギュル夫人は怜悧とは対極にいる人物で、たぶんに感情に走る傾向がある。それだけに突拍子もないことをしかねない。


 ウェルシェやレーキ達のように理屈で判断する者には逆に読みにくい相手だ。


「どうにも嫌な予感がする」

「今回の計画は止めにしませんか?」


 ジョウジとレーキは顔を曇らせた。


 わざとケヴィンに襲わせ、その現場を取り押さえる。成功すれば間違いなくケヴィンを社会的に抹殺できるし、セギュル夫人も社交界から姿を消すだろう。


「計画の主旨と意義は理解できますが、相手の動向が掴めない状態での決行は危険です」

「レーキの言う通りです。警備を固め、セギュル夫人に計画を断念させる方向へ切り替えませんか?」


 レーキ達の不安はもっともである。


 ただでさえ一歩間違えればウェルシェ自身に危害が及ぶ可能性が高い。ましてやセギュル夫人がどう動くか分からないのならなおさらだ。


「いいえ、今回でケリをつけるわ」


 だが、それでもウェルシェは頑なに計画を推し進めると主張した。


「今回にこだわる必要があるのですか?」

「私もジョウジと同意意見です。どうせケヴィンはいつか馬脚を現します」


 ジョウジはか弱い令嬢を、レーキは未来の王妃の身を案じ、何とかウェルシェを思い止まらせようと計画の中止を具申した。


「ダメよ。今回を逃せば次いつ仕掛けてくるか分からなくなるわ」


 これからケヴィンがいつ襲ってくるかビクビクする(ウェルシェはそんなタマではないが)のはごめんだ。せっかく相手が仕掛ける場所と日時が絞れるのに利用しない手はない。


「……分かりました」

「ですが、私とジョウジだけは常に近くに控えさせていただきます」


 ジョウジとレーキはしぶしぶながらウェルシェの意見を受け入れたのだった……

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