第54話 そのトロそうな令嬢、運動神経よかったんですか!?

 ――剣武魔闘祭の二日目。


 草むら、瓦礫、柵、塀などの遮蔽物で囲まれた広場の中央にウェルシェは一人ポツンとたたずんでいた。


 白いシャツの上には赤いジャケットを羽織っている。下はウェルシェには珍しいタイトな黒いズボンを履いていた。


 その広場を囲む観客席には人が埋め尽くされていたが、みな固唾を飲んでウェルシェを見守っている。


 ここは射撃用特設会場。


 今から魔弾の射手クイックショット本戦の第一試合が始まるのだ。


「スーーーッ、ハァーーー……」


 ウェルシェにしては珍しく緊張しているのか、息を深く吸い込んでゆっくり吐き出して全身の力を抜いている。これだけ人がいながらウェルシェの耳には自分の呼吸音だけしか入ってこない。


 まるでウェルシェ一人だけの世界のよう――


開始10秒前オンユアマークス、9……8……7……』


 突如、会場にカウントダウンのアナウンスが響く。


『……4……3……』


 カウントが進む中、ウェルシェは両手に持つ指揮棒タクトの形状をした魔杖を僅かに握り直す。


『……1……ピーッ!』

 ガコンッ!


 開始の合図と同時に『敵』エネミーと記された人型の標的がウェルシェの右前方にある草むらから迫り出した――瞬間、右の魔杖タクトを素早く振った。


 ヒュンッ!

 バシッ!


 風を切る音と共に銀色の魔弾バレットが撃ち出され、敵標的を見事に捉えた。


 ガコンッ!

  ガコンッ!


 だが、すぐに中心のウェルシェを囲むように次々と敵の人型標的エネミーターゲットが影から飛び出す。


 人型標的が出てから引っ込むまでの時間は五秒。


 標的を認識し、『敵』か『味方』か判別して、素早く正確に魔弾を射出するには魔術構築の速さが求められる。


 だが、ウェルシェは両手の魔杖を駆使して出現した敵標的を難なくクリアしていく。


 ガコンッ!

  ガコンッ!


 前に後ろに左に右に……突然その姿を現す標的に向けてウェルシェは両手の魔杖を振るう。


 なびく銀色の髪は太陽の光を浴びて輝き、足取りは軽やかで、細く長い腕が宙を泳ぐ。その姿はまるで舞い踊っているかのようで、観客はみな息をするのも忘れて魅入ってしまった。


 ガコンッ!

  ガコンッ!

   ガコンッ!


 ウェルシェの右側に二つ、左手側に一つ計三つの標的が出現した。が、右側の一つは標識に『味方アレイ』と記されている――魔弾を当ててはいけないフェイクだ。


 ここまでリズミカルに標的を出した中で味方標的アレイターゲットを敵標的に混ぜてくるとは意地が悪い。


 誰もがウェルシェのミスを予想した。


 ところが――


 バシッ!

  バシッ!

「次!」


 回転しながら左右の魔杖から魔弾バレットを射出して敵標的のみを撃ち抜くと、ウェルシェは迷わず次の標的を要求した。


 それからもウェルシェは舞うように魔弾を撃ち続け――


最後の敵標的ラストエネミー!」

『オ、オールクリア! ウェルシェ・グロラッハ、パーフェクト!』


 ――ついにノーミスで競技を終えた。


 競技の音も止み、会場がシーンと静まり返る。


「ふぅー」


 ウェルシェは緊張で張り詰めていた息を吐き出して身体をから力を抜いた。

 途端、わっと観客席が湧き上がり、割れるような拍手に競技場が包まれた。


「す、すっげぇ!」

「ノーミスかよ!」

「本戦で一年生がパーフェクトゲームって初じゃないか?」


 ウェルシェの快挙に沸く会場は、まるで決勝戦の様相である。

 ウェルシェの対戦相手も目を見開き驚愕して固まったままだ。


「おいおい、対戦相手大丈夫か?」

「確か昨年ベスト8に残った優勝候補の一人だろ?」

「これはプレッシャー半端ないわ」

「うわぁ、俺ならこの後にやりたくねぇ」


 この後にプレイしなければならない対戦者に同情の声が相次ぐ。


 そして、大半の観客が予想した通りの結果となった……


『勝者ウェルシェ・グロラッハ!』


 緊張でガタガタになったウェルシェの相手はミスを連発し、本来の力を発揮できずストレート負けして会場を去っていく姿は憐れであった。


 その背中をチラリと一瞥してから控え室へと向かったウェルシェを、会場の入り口でジョウジとレーキが出迎えた。


「初戦突破おめでとうございます」

「ありがとうございますジョウジ様」


 ジョウジから手渡されたタオルでウェルシェは汗を拭う。


「対戦相手に少々同情してしまいました」

「レーキ様、魔弾の射手クイックショットは三本制です。相手の方は私の一本目のパーフェクトなど気にせず残り二本で実力を発揮できていれば負けていたのは私かもしれません」


 事実、一本目で消耗したウェルシェは二本目でそれなりにミスをしていた。だが、崩れきった対戦相手が持ち直せず自滅したのである。


 ウェルシェの正論に対し、ジョウジは苦笑した。


「もともと本番で100%実力を出すのも困難です。あの状況で最高のパフォーマンスを発揮できる者は超一流だけです」


 これはジョウジなりのウェルシェへの忠告であった。


 難なく実力を見せつける天才ウェルシェは、失意の敗退をした凡人の苦悩は理解できないものなのか、と……


 だが、ジョウジの苦言にウェルシェはくすりと笑った。


「なら、エーリック様は超一流なのですね」

「は?」

「ああ、ジョウジ、実は昨日な……」


 話の脈絡が掴めずジョウジは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になり、事情を知るレーキが何とも言えない表情で昨日の話題を説明した。


「……なるほど」


 つまりウェルシェはジョウジの忠告など聞くまでもなく始めから理解していたのだ。


 本番で実力を十全に発揮するのがいかに難しいかを。


 そして――


「エーリック様はとても素晴らしい資質の持ち主なのですね」

「でしょ」


 素直にジョウジが感嘆して見せれば、ふふんとウェルシェは得意気だ。


「あなた達もあまりエーリック様を侮らない事ね」

「忠告肝に銘じておきます」


 ジョウジとレーキは顔を見合わせると肩をすくめた。


 ――無意識に惚気のろけるウェルシェにお互いに理解したのだ。


 外見は夢見る少女でありながら実は合理的なウェルシェ。だが、やっぱり彼女も無自覚に恋をするのだと……

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