第53話 その試合、本当に素晴らしかったですか?
「試合お疲れ様です」
ウェルシェは満面の笑みを浮かべてエーリックを出迎えた。
だが、エーリックの方は少しばつが悪そうに顔を曇らせた。
「ごめん、せっかくウェルシェが応援してくれたのに負けちゃた」
「そんな……とっても素晴らしい試合でしたわ」
気落ちするエーリックをむしろウェルシェは褒めた。
「負けたのに?」
「エーリック様の勝利を願ってはおりましたが、勝敗は兵家の常ですわ。それともエーリック様は優勝以外価値が無いとお思いなのですか?」
「そんな事はないけど……やっぱり好きな女の子の前じゃカッコいいところを見せたいじゃないか」
「まぁ、エーリック様ったら」
エーリックに好きな子と言われてポッと頬を染めるウェルシェ。
「私のためにそこまで……」
「だけど、負けたら格好がつかないよね」
ははっとエーリックは力無く笑ったが、ウェルシェは首を横に振った。
「いいえ、エーリック様はとっても素敵でしたわ」
「ホント?」
「はい、エーリック様の勝利する姿を拝見できたら、きっと私はとっても喜んだと思います。ですが、勝ち負けなんて関係なくエーリック様はとってもカッコ良かったですわ」
「そ、そうかな?」
「ええ、もちろん! いつも一所懸命なエーリック様は私にとって世界で一番輝いていますわ。今日この日のために努力されていたエーリック様はいつだって誰よりも最高にカッコいいのです」
「ウェルシェ……ありがとう」
エーリックははにかんで頬をぽりぽりと掻く。
「嬉しいよ……ウェルシェの励ましが何より」
「励ましではありませんわ。それが嘘偽りのない私の本心……エーリック様が素敵なのはまごう事なき真実ですわ」
なんだこの劇薬並に高められた糖度の空間は!
イチャイチャあまあまの二人を物陰に隠れて見せつけられ、チベスナ顔になったレーキは砂でも吐きそうだ。
レーキだけではなく、近くを通りかかった者は老若男女問わずみな一様にチベスナへとクラスチェンジしている。
「それに先程の試合でのエーリック様を見て、私とっても感動しましたの」
劇薬並の糖度に瀕死のダメージを受けていたレーキは、ウェルシェの声質が僅かに変化したと感じ取った。
それは、ほんの少しだけ低くなった声に含まれる何か真摯な気持ちの現れ。
「エーリック様が最後まで日頃の努力の成果を発揮しようと全力で立ち向かわれておられました」
ウェルシェはエーリックをただ
「そのエーリック様のどこがカッコ悪いと言うのです?」
「僕は才能が無いからみっともなく
「みっともなくなんてありませんわ!」
自信なさげに自分を卑下するエーリックに両手を握ってウェルシェがぐっと近づく。
「私……エーリック様の
キャッ言っちゃったと赤くなった顔をウェルシェは両手で覆って隠した。その可愛さにエーリックは完全にノックアウトだ。
「う、うん、ウェルシェのためにもっと頑張るよ」
「エーリック様なら来年はもっと良い成績が残せますわ」
「そ、そうだね、頑張って来年こそは君に勝利を捧げてみせるよ」
ウェルシェは確かにエーリックは転がしているが、それは彼自身を変革させる方向へだ。
そんな砂糖をぶちまけている二人の様子に、レーキは逆に感心してしまった。
(エーリック殿下は変わろうとしておられる。それに比べて……)
実はクラインが予選落ちした後、アイリスが彼を慰めている現場を偶然レーキは目撃していた――
『すまないアイリス。君に優勝を捧げたかったんだが』
『落ち込まないでクライン』
その時、アイリスはウェルシェと同じようにクラインを慰めていた。
『だが、せっかくアイリスが応援してくれたのに』
『今回は残念な結果だったけど、また来年があるじゃない』
『アイリス……』
『頑張って次勝てばいいのよ』
『ああ、来年こそは優勝してみせる!』
このやり取りは今のウェルシェとエーリックに見せつけられた場面と酷似していた。アイリスが言っている内容もウェルシェと同じように思える。
だが、その内実はぜんぜん違うのだとレーキは気がついた。
「努力の成果を求められるのと努力した事実を認めてもらえるのは似て非なるものだな」
ウェルシェはエーリックに自己肯定感を与えている。努力の成果ではなく努力した事実をきちんと認めているのだ。
それに比べてアイリスは負けた事実を残念と言っている。それは結果しか見ていない証左で、来年があるとは次は勝てと言っているのと同じである。
ちょっと聞いた感じではアイリスも勝ち負けにこだわっていないように聞こえるが、実際は成果しか認めないのである。
「まあ、クラインの奴は努力などしていないのだから他に言葉のかけようもないか」
冷笑を浮かべてレーキは辛辣な言葉を口にした。もっとも、クラインが剣魔祭に向けて特に何もしていなかったのは事実なのだが。
「だが、
しかも、成果主義でありながら、安易に負けた事を許容してしまっているせいでクラインは次回への勝利に向ける渇望さえ失っているだろう。
「あれではクラインは来年も同じ結果だろう」
いや、結果はどうでもいい。
試合など相手にもよるのだから対戦相手に恵まれれば勝つ事もあろう。しかし、勝ち負けに関係なく、来年のクラインは今年の彼となんら変わらないだろうとは断言できる。
それに比べエーリックは確実に成長しているだろう。それがウェルシェの操縦によるものだとしても。
「あの方はエーリック殿下を言葉一つで大きく変えている」
ウェルシェは理解が必要と言ったが、彼女はその上で相手を認めている。その重要性にレーキは気がついた。
「男は認められて初めて大きく前進できる悲しい生き物なのだな」
同じように男達を手玉に取っているアイリスとウェルシェ。だが、アイリスは男を堕落させ、ウェルシェは男を成長させている。
物陰に隠れながレーキはウェルシェをチラリと盗み見た。
「俺もウェルシェ嬢のような女性に巡り会いたいものだ」
エーリックとウェルシェの談笑する姿にレーキは心底そう思ったのだった……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます