第51話 その腹黒、自分の事も分かってないのですか?
クラインが起こした騒動で多少進行が遅れたが、その後は順調に予選が消化されていった。
「勝者リハルト・リッチモンド!」
そして今、剣闘の部予選最終組の決勝戦の判定が主審よりくだされた。この瞬間、対戦相手のエーリックは健闘虚しく予選敗退となった。
それを貴賓席から観戦していたウェルシェは善戦した婚約者に立ち上がって惜しみない拍手を贈る。
「もう少しでエーリック殿下も本戦出場でしたのに惜しかったですね」
「予選決勝まで進出できたなら上出来じゃない?」
ウェルシェとしてはエーリックに武勇を求めてはいない。なぜなら彼は将来グロラッハ家の当主となるのであって騎士になるわけではないからだ。
「エーリック様は魔術部門にも幾つか参加されているしね」
エーリックは剣闘の部だけではなく魔術部門にも参加していた。両方出場する者はそう多くはない。
「ですが、今のところ本戦へと進めてはいないようですが」
「全部は応援できなかったけど、どれもけっこう良い線はいってたのよ?」
ただ、エーリックは出場した全ての競技で予選落ちしていた。
「既に魔術部門の競技で本戦出場を果たしているあなたとは大きな差ができてしまいましたね」
令嬢であるウェルシェは魔術戦闘の部には参加できないが、魔術部門にはゲーム的な競技が幾つもある。
キャロルが出場している幾つかの魔術アート部門や作製したゴーレムを各種種目で競わせるゴーレムコンテストなどなど多数の部門に分かれているのだ。
その中でウェルシェは花形競技である
体温を0.1度単位で緻密な温度管理ができる腹黒魔術の使い手ウェルシェにとって敵無しの競技であった。
術の発動速度を鍛える競技だが、トロそうに見えるウェルシェなのに意外と得意なのだ。
予想以上のウェルシェの高い能力にレーキは驚いた。が、同時に主人と仰ぐ者が優秀で誇らしくもある。
「エーリック殿下にはもう少し頑張っていただきたいものです」
だから、その伴侶となるエーリックが見劣りしてレーキは不満が漏れた。
「将来は我らの盟主となるのですから」
「レーキ様、それは浅慮と言うものよ」
だが、その愚痴にウェルシェは目を細めて不快感をあらわにした。
「上に立つ者に必要なものって何?」
「それは……」
ウェルシェの鋭い問いにレーキは言葉を詰まらせる。
「武力? 知力? それとも人望かしら?」
「できれば全部でしょうか?」
「そうね、できれば全てあった方がいいわね」
レーキにはウェルシェの言わんとするところが掴めない。
それだけに焦った――この歳下の少女は自分より遥かに思慮深い。将来、彼女が王妃になった時に、果たして自分は必要な人材でいられるだろうか……と。
「でも、できればとは逆に言えば無くても構わないと同じ意味なのよ」
「それらは全て必要ないと?」
「レーキ様の言う通りあるに越した事はないわ」
でも、とウェルシェは続ける。
「騎士は武勇を誇り、傍臣は知略を頼みに主に仕えるけれど、王も領主も上に立つ者は騎士でも臣下でもないの。人望なんて王や領主の顔さえ知らない臣民や領民には意味がないし、臣下相手でも無いなら無いでどうとでもなるわ」
嫌われ者の領主が領地を栄えさせ、人望の厚い王が国を潰した例なんていっぱいあるでしょ、とウェルシェに指摘されて歴史にも明るいレーキは頷かざるを得なかった。
「では何が必要なのでしょう?」
「理解よ」
レーキが幾ら考えても答えが見えない難解な命題に、ウェルシェは事もなげに答えた。
「国や領の運営は一人ではできないわ」
「つまり、人を理解せよと?」
確かにそれは必要だとレーキも頷いた。
ところがウェルシェは首を横に振った。
「違うわ、仕事よ。まあ、人を理解できたら、それはそれで有益な能力だけど」
「人は理解できないと?」
あなた方もオーウェン殿下で経験したでしょ、とウェルシェは笑った。
「人の能力、忠誠、性格……それらを他人が理解できると思って?」
私は無理よとウェルシェは手をヒラヒラ振る。
「だから必要なのは人に仕事を任せた時に適切な評価を下す事よ」
「ああ、だから仕事の理解ですか」
人に仕事を任せる、そして評価する。それは簡単なようで難しい。
「ええ、例えば戦争が起きて将軍に一軍を与えたとしましょう。戦に敗北した場合、その将軍は無能かしら?」
「なるほど、成果主義なら無能と断じるでしょうが、戦の状況が分からねば正確な判断は下せませんね」
「そうよ。もしかしたら100対1の最初から勝ち目の無い戦かもしれないんだから」
ここに来てレーキにもウェルシェの考えが理解できた。
「だから、理解が必要なの。そして、人は経験しなければ中々理解できないものでもあるわ」
「エーリック殿下は全てにおいて一流とは言い難いですが、逆に満遍なく色々な事ができる……」
「無知蒙昧による盲目的な人任せと博聞強記による信頼の一任は似て非なるものなのよ」
「これは確かに私が浅はかでした」
専門家に優る必要はないが、何も知らなければ彼ら専門家がしている仕事を評価できない。往々にして上司が部下の仕事を掻き乱すのは業務への無理解からくる。
「何でもできるだけではなく、それらを理解しなければならないけど……きっと大丈夫、エーリック様は一歩一歩努力を重ねる方だから」
そうエーリックを語るウェルシェの顔がとても優しくて、レーキは思った以上に彼女が自分の婚約者を想っているのだと知った。
「なるほど、自分の事さえ見えないのだから他人を見抜けるなどと思い上がるものではありませんね」
深謀遠慮のウェルシェでさえ自分の恋心に気がついていないのだなと、レーキは魔王ではないかと思っていたウェルシェの少女らしい一面に少しホッとしたのだった……
〇魔術競技『
氷柱配置図
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盤上に互いの氷柱を交互に並べ、時間内に何本対戦相手の氷柱を溶かせるかを競う。ただし、自分の柱を溶解させた場合はペナルティがつく。
炎熱魔術と氷結魔術を複合・応用した
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