第6章 そのお祭り、本当に必要ですか?

第50話 その攻略対象、予選落ちなんですか?

 ――キンキンッ!


 剣と剣がぶつかり合い、乾いた金属音が会場に響き渡る。


「てやーッ!」

「ふっ!」


 二人の男子生徒が円形の闘技場の上で剣を振るって戦っていた。

 仕切り直しといったん間合いを取った二人は対峙して睨み合う。


 燃えるような赤髪の美丈夫が、身の丈はありそうな大剣を正眼に構えた。対する新緑の如きライトグリーンの髪の少年は両手にそれぞれ剣を持ち斜に構え、右の剣を前に左の剣を後ろに隠す。


 わぁぁぁあ!


 埋め尽くされた観客席から歓声が沸き起こった。



 ――今日は剣武魔闘祭の初日。


 マルトニア学園の武闘と魔術の祭典が始まった。


 学園内では各場所で様々な競技が行われており、ここ闘技場でも剣闘の部の予選が順調に進行していた。


 この対戦は予選第一組の決勝戦。

 勝者が本戦へと駒を進められる。


「クライン様は相変わらずのようね」


 貴賓席で試合を眺めていたウェルシェは、重い大剣を力任せに振り回す赤髪の美丈夫――クラインに呆れてしまった。


「それでも予選決勝まで進出したのは大したものです」


 ウェルシェの背後に控えていたレーキは口にした内容とは裏腹に、その声は冷え冷えとしたものだった。


「相手の方……双剣とは珍しいわね」

「緑髪の彼は二年のラーズ・ラースです」

「強いの?」


 いいえとレーキは首を横に振った。


「弱くはありませんが、昨年は同じく予選でクラインと対戦して一蹴されています」

「……の割には接戦に見えるけど?」


 クラインの大剣をラーズは左右の剣で受け、すかさず繰り出されたラーズの鋭い斬撃をクラインは大きく飛び退いて躱す。


 素人目には二人の戦いは実力が伯仲しているように思える。実際、見応えがある試合となっており観客も湧いている。


 玄人目には派手に剣を振り回すだけの、見るべきものの無い凡試合でしかなかったが……


 数合切り結んだ後、再び両者が距離を取って睨み合う。


『ふんッ! 昨年、俺に負けて双剣の如き邪道に走るとは情け無い』

『……』

『そんな騎士にあるまじき姑息な戦い方が俺に通用すると思うなよ!』

『……』


 怒声のようなクラインの大声が貴賓席まで聞こえてきた。ラーズも何か応えているようだが、声が小さく何と言っているか聞き取れない。


「あんなこと仰ってるけど……私の見立てでは、このままならラーズ様が勝ちそうなんだけど?」

「ご安心ください。私の目にもそのように見えます」


 どうやらこの一年でクラインは昨年までの実力差を埋められてしまったようである。


「クラインがんばって〜!」


 ふと聞き覚えのある声が貴賓席に届いた。


「そんなモブ、軽くぶっ飛ばしちゃえ!」


 観客席の最前列でひときわ目立つピンク頭が、ひときわ甲高い声で品の無い声援を送っている。


「あの方も相変わらずのようね」

「そのようです――が、お陰で退屈な試合も終わりそうです」


 アイリスの声援にクラインが笑って大剣を天へと突き上げ、上段の構えのままラーズへと突進したのだ。


「あのバカ、あんな大技キマるわけないでしょうに」

「アイリス嬢に良いところを見せたかったのでしょうが……処置なしですね」


 ゴウゥッと轟音と共に振り下ろされた大剣は暴風をまとい、その斬撃は見る者に戦慄を与えるほど大迫力だ。


 決まれば間違いなく勝利するだろう必殺の一撃――当たればの話であるが。


 ラースは迫り来る大剣を右の剣で受けたかと思うと僅かに角度をつけて力を逸らした。


「どわッ!?」


 等身大の大剣はラースの剣身を滑って横斜めへと流れていき、クラインは渾身の力を込めた斬撃の勢いを殺せず大きく体勢を崩して前のめりに膝をついた。


「こ、このッ――くッ!」


 慌てて起きあがろうとしたが、既にクラインの喉元にはラースの左の剣の切先が突きつけられていた。


 勝敗は決した。


「勝負あり!」


 主審が右手を挙げる。


「勝者ラース・ラーズ!」


 そして、ラースの勝利を宣言し、挙上した右手をラースへ向けて下す。


 わあぁぁぁ!!!


 その瞬間、大気を震わせるような歓声が湧き上がった。


「まあ、順当な結果ね――ん?」


 闘技場の中央でクラインが何やら騒いでいるのがウェルシェの目に留まった。


「何かあったのでしょうか?」


 何やらクラインが主審と揉めている。


「さあ……トラブルかしら?」

「クラインが怒鳴り散らしているようですが……」


 だが、歓声に掻き消されて貴賓席まで声が届いてこない。


 怒り狂うクラインと困惑する主審の様子が気になり、ウェルシェは呪文を詠唱し始めた。


「収音の魔術ですか」


 レーキはすぐにウェルシェが何をしようとしているか察した。


『……だから何度も言っているだろ!』


 魔術が発動しクラインの怒声が貴賓席の中へと届く。


「お見事です」


 レーキはウェルシェの魔術の腕に賛辞を贈った。貴賓室に届く鮮明な声質から、ウェルシェの魔術精度の高さが窺える。


『奴の騎士にあるまじき振る舞いを黙認するのか!』

『そう申されてもラース・ラーズ殿には何の不正も過失もございません』

『双剣など騎士として恥ずべき邪道そのものではないか!』

『いえ、しかし、二本の剣を用いてはならないというルールはないのですが……』

『問題はルールではない、騎士の矜持だッ!』


 クラインと主審のやり取りが次々に貴賓席の中へと届く。


 クラインの主張を要約すると――双剣は騎士の戦い方として認められない。よって、今の判定は無効だ。ラースと剣一本で再戦させろ。


 と言うものである。


「……クライン様はアホゥなの?」

「完全に恥の上塗りですね」


 開いた口が塞がらないとは正にこの事。


「ラースは昨年の敗北をバネに研鑽を積み、独自の双剣に辿り着いたのです」

「その努力を讃えず貶める事こそ騎士の矜持にあるまじき行為なのに……クライン様には理解できていないのね」


 クラインの愚行に二人とも呆れ顔だ。


「だいたい双剣が認められない邪道だったとしても、異議申し立ては試合が始まる前にしなさいよね」

「仰る通りです。負けてから何を言っても敗者の戯言たわごとです」

「その戯言も実戦で負けて骸躯むくろとなれば言えないのにね」


 ウェルシェは合理主義者である。勝てば実力、負ければ相手のせいにするクラインの性根とは相容れない。


「試合なんて百戦百勝したって実戦で一回負ければ実質実績はゼロなのよ」


 逆もまた真。


 試合で何度負けようと実戦で一回勝てば全てチャラになってしまう。


 ここでの勝敗にこだわる必要はない。実戦で勝てる実力をつければいいだけなのだ。それがクラインにはまるで分かってない。


 当然だがクラインの主張が認められるはずもなく、教師陣がやって来て彼を闘技場から追い出した。


 その時に至っても「不当判定だ!」「俺は殿下の側近だぞ!」と教師達に両脇を拘束されながらクラインがわめき散らしていたが……


「頭を抱えたくなるような結末ね」

「己の見苦しさとは意外と自覚できないものなのですね」


 自分も気をつけますと口にしたレーキであったが、クラインを反面教師にできるなら道を踏み外す事もないだろうとウェルシェは思う。


「オーウェン殿下はクライン様達には成績では測れない素晴らしい才能があると仰ったようだけど……」


 実力も人格も見るべきものは無い。


「危うく国王、王妃両陛下にお見苦しいものをお見せするところだったわ」


 本戦には国王と王妃が観戦しに来る予定となっている。クラインの愚かな行為を見咎められればオーウェンの王位継承権剥奪に拍車がかかっていたかもしれない。


(これが予選でホント良かったわ)


 心底、ひやっとしたウェルシェであった……

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