第49話 その腹心、本当はスパイなんですか?
「殿下はいったいどうしちまったんだ?」
エーリックの私室を後にしたセルランは唖然として呟いた。
「今日は堂々しすぎだし、何より冴えすぎじゃねぇか!?」
いつもぽやっとしてた我が主はどこへ行った?
セルランはキツネにつままれた気分だ。
「言葉を慎めセルラン」
敬愛する主に対する同僚の失言に、ムッとしてスレインが咎めた。
「エル様はもとより優秀なお方だ」
「いや、殿下がそれなりにデキるのは俺も知ってるが……」
「それに寛大で篤実も付け加えろ」
この
どうにもエーリックとスレインはぽやぽやしているとセルランは気が気じゃない。普通なら王位継承権第二位の座にいるエーリックはいつ謀略で潰されてもおかしくないのだ。
(この国の王家の内情はあり得ないくらい清廉なんだよなぁ)
エーリックもエレオノーラも王位に興味がなく、それを知っているオルメリアは彼らを擁護している。オーウェンにしても正義感が強く謀略など好まない。
そんな王家の絶妙なパワーバランスがエーリックを生かしているとセルランは理解していた。
(だっけど、富と権力を欲する貴族どもがどう動くか分かんねぇ)
だが、セギュル夫人の例があるように、貴族達の思惑はそれぞれだ。シキン伯爵家が例外で、王家への忠誠より自分達の利権や保身を優先する者の方が多い。
(だから、王妃殿下は俺をエーリック殿下につけたわけだけど)
実は、セルランはオルメリアによって派遣されたエーリックの腹心兼護衛であった。もっとも、エーリック本人のみならずエレオノーラにもスレインにも知らされていない事実であるが。
「殿下が情に厚い方なのも知ってるさ」
「うむ、エル様は得難い主人だ」
(この男も有能ではあるんだが……)
セルランは苦笑いが漏れ出た。
(殿下絡みだと途端にポンコツになるからなぁ)
主人の事となると周りが見えなくなるスレインには、もう少し現実を直視して欲しいとセルランは切に願う。
そんなセルランであったが、今日のエーリックはいつになく頼もしかったと不思議に感じた。
「スレインの言う事はもっともだが、それだけに殿下は智をひけらかす御仁ではないだろう?」
「なんだセルランの疑問はそんな事か」
だが、忠臣の同僚は軽く返した。
「なんだよ、スレインには分かるっていうのか?」
むすっと聞き返したセルランに、スレインは無論だと自信満々に頷く。そして、まるで天啓を授かった神官のごとく両手を広げスレインが天井を仰いだ。
「それは愛だ!」
「はぁ?」
スレインの意味不明言動にセルランは開いた口が塞がらない。
「全てはエル様のウェルシェ様への愛のなせる
出たよドリーマー従者、とセルランは同僚の天然に辟易した。
「よく考えてもみろセルラン」
だが、スレインは止まらない。
「ウェルシェ様と婚約してからエル様は少しずつご成長あそばされているだろう」
「何を言ってんだ。そんなわけ……」
いや、待てよとセルランは言葉を切った。
(今日の変化は劇的だったが、確かに殿下は婚約してからの成長が著しい)
「思い当たるだろ?」
「まあ……そうだな……」
「やはり愛なのだ。愛の力は偉大なり!」
おめでたいスレインにはついていけないが、ウェルシェとの婚約がエーリックに大きな変化を齎したのは事実のようだ。
(あの腹黒令嬢は腹に一物があると思ってたんだがなぁ……)
実はオルメリアのお茶会の件でセルランはウェルシェについて調査しており、彼女が見た目通りの『妖精姫』ではないと既に知っていた。
(今回もレーキ達を使った陰謀かとも考えたが……)
その過程でウェルシェがレーキ達を傘下に収めているのも既知である。だから、セルランはレーキ達がウェルシェを害する事はないと知っていたし、むしろウェルシェが彼らを使って良からぬ事を
(さすがにスレインみたく愛の力とは思わんが、姫さんが殿下に良い影響を与えているのは間違いなさそうだ)
それならもうしばらく様子見しても良いかと、セルランは傍観者になる事にした。
「
「そうなのか? セルランは本当に顔が広いな」
さすがだと褒めるスレインの同僚を疑わないおめでたい性格の良さにセルランはため息が出そうになった。
「お前も殿下も幸せだよなぁ」
「うむ、私はともかくエル様には幸せになってもらいたいものだ」
「……そうだな」
しかしながら、セルランはこの人の好い主従のために奔走しようと考えている自分もだいぶん毒されているなと自嘲する。
「だけど俺はお前にも幸せになって欲しいよ」
だからセルランは
それがきっと二人にとって幸せなのだと思うから……
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