第47話 その専属侍女、そんなにお嬢様が心配ですか?
「くちゅん!」
エーリックを茫然と見送っていたウェルシェは、小さな可愛いくしゃみをしてブルッと身体を震わせた。
「どうぞ、お茶でもお召し上がって冷えた体を暖めてください」
「ありがとう」
湯気の立つティーカップを両手で持つと、氷のように冷たくなった手に熱が伝わってきた。
ウェルシェはふーっふーっ息を吹き掛けてから熱いお茶を一口含んで
「呆気に取られて危うく凍死するところだったわ」
「まったく何をやっているんですか」
「ちょっと油断しただけよ!」
呆れ声のカミラを睨んでウェルシェは口を尖らせた。
「お嬢様もよくやりますよね」
カミラは空になったティーカップに新たなお茶を注ぐ。
「ふふ、迫真の演技だったでしょ」
二杯目のお茶に口を付けていたウェルシェは自慢げにカミラを見上げた。
「青ざめた表情を作る為に魔術で循環血液の温度を下げるなんて……一歩間違えば死にますよ?」
先ほどエーリックに怯えて見せたのはもちろん演技である。よりリアリティを持たせようと体温を低くしたのである。
「フツーこんな事に命かけませんよね?」
ウェルシェは炎熱魔術と氷結魔術を複合、応用し体温を自在にコントロールできるのだ。これには0.1度単位の緻密な温度管理が必須で、ウェルシェの繊細な魔力コントロールあっての魔術である。
学園の生徒ではウェルシェ以外にはまず使いこなせない彼女のオリジナル腹黒魔術の一つなのだ。
(注意:低体温症でお亡くなりになる可能性もあるので良い子は真似をしてはいけません)
「毎度毎度、よく体を張れるものだと呆れるやら感心するやら」
「これもケヴィン様を罠にかけるのに必要なのよ」
セギュル家の監視がつけられている事実をウェルシェは
ウェルシェは自身を囮にしてケヴィンを誘き出し、決定的に犯行に及ばせて二度と再起できないようにする為である。
「ここで重要なポイントは私が誰かに狙われている、だけどその正体が分からないってところよ」
「セギュル家の手の者がお嬢様を監視しているのが王妃様の耳に入れば、その段階でセギュル家は叱責を受けるのは必定ですからね」
「だけどそれではケヴィン様を排斥できるほどではないわ」
国王の下知にさえ諦めずウェルシェを狙う病的なまでの執拗さ。破滅願望でもあるのではないかと疑いたくなる。
標的にされているウェルシェもいつ襲撃されるかと心穏やかではいられないし、自滅するにしてもオーウェンの王位継承権までも巻き込まれたらたまったものではない。
「ケヴィン様は放置できないし、ましてやセギュル夫人が考えている事は同性として許せないもの」
カミラの「侍女さんネットワーク」で、セギュル夫人の安直な策謀はウェルシェに筒抜けになっていた。
セギュル夫人の侍女達は日頃から受ける主人からの仕打ちに不満たらたらで、カミラが尋ねればあっさり口を割ったのだ。と言うよりカミラは単純に彼女達の愚痴を聞いて上げたに過ぎない。
だから、本人達には主人を裏切っているつもりなどさらさら無いのだ。
「私の純潔を息子に力尽くで奪わせ、無理やり従わせようとするセギュル夫人は息子ともども放置できないわ」
「それは……まあ……」
王族であるエーリックとの結婚に際してウェルシェは純潔でなければならない。
だから、セギュル夫人はケヴィンにウェルシェを犯させて傷ものにして、エーリックとの婚約を壊そうとしているのだ。
貞操を失えばウェルシェには貰い手がなくなるだろうから、そこにつけ込んでケヴィンを結婚相手にねじ込むというのがセギュル夫人の策略である。
「もっとも、エーリック様との結婚が流れても私は全然相手には困らないんだけどね」
「セギュル夫人はお嬢様がグロラッハ家の一人娘だと失念しているのですね」
ウェルシェと結婚すれば隆盛を極めているグロラッハ家の次期当主。ウェルシェ個人を見ても国中で噂となっている美姫だ。
男共にとって
多少の傷などものともしない珠玉なのだ。
「私が自分を
「セギュル夫人の計画が上手くいってもセギュル家に未来はありませんね」
「だからと言って私の身体をケヴィン様の好きにさせるつもりはないわよ?」
「当然です!」
いつも冷静で無表情のカミラが憤慨して声を荒げた。
「もし、あの男がお嬢様の肌に指一本でも触れようなら私が八つ裂きにしてやります!」
ウェルシェにとって幼い時からずっと一緒だったカミラは姉であり母である。そして、それは逆も同じなのだ。
「お嬢様に危害を加える者は
ぶっ殺す!と物騒に息巻くカミラは冗談抜きで
「落ち着いて。私はカミラにそんな真似をさせたりしないから」
激昂するカミラをドウドウとウェルシェは
「だからケヴィン様を罠にハメるんでしょ」
ケヴィンはもはや存在するだけで害なのだ。ウェルシェとしてはもう後腐れがないようケヴィンを完全に貴族社会から抹殺したい。
「それは理解できるのですが……」
カミラの顔が曇る。
「私はお嬢様に危ないマネはして欲しくありません」
「だけど既にセギュル夫人は私の撒いた餌に食いついたんでしょ?」
「はい、お嬢様の目論見通り剣武魔闘祭で仕掛けるつもりのようです」
「なら、もう手遅れよ」
もはや賽は投げられた。
今さら後には退けない。
「それに、エーリック様まで巻き込んじゃったし」
隠れて護衛を付けていても不自然でないよう、正体不明の何者かに狙われている事実が必要だった。そこで、エーリックにそれとなくストーキングされていると伝えたのだ。
「心配しないで、私なら大丈夫よ」
「ですが……」
どうにもカミラは胸騒ぎがしてならない。
「お嬢様、ケヴィン・セギュルにはお気をつけください」
「大丈夫よ。私の護身術や魔術の腕は知ってるでしょ?」
魔術の腕は学園でもトップクラス。ぽやんとして見えるウェルシェだが、護身術もグロラッハ家の精鋭達から学んでいる。そんじょそこらのチンピラには負けない。
スーパー令嬢イーリヤの影に隠れているが、学園でウェルシェを負かせる生徒は数えるほどしかいないのだ。
「ですが、お嬢様は実戦の経験がありません」
だが、どれだけ訓練を積もうとも本番では自分の力を発揮できないなんて事はザラである。
「訓練と実戦は違います」
どんなに訓練や試合で成績優秀でも実戦で実力の半分も出せずに消えていった者など数知れない。
「あの落ちこぼれのケヴィン様に私が負けるわけないないじゃない」
「お嬢様のお力は重々承知しております」
ウェルシェの楽観がどうにもカミラには不安でならない。なぜなら彼女は優秀が故に常識から外れた者達の理屈に合わない行動を理解できない。
だから、嫌な予感が払拭できないカミラは主人に忠告しなければならないのだ。
「ですが、ストーカー野郎は追い詰められると何を仕出かすか予想がつきません」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます