第46話 その怯える姿、やっぱり演技なんですか?
「ウェルシェ!」
すぐに来て欲しいとのウェルシェからの手紙に、エーリックは取る物も取りあえずグロラッハ家へと急行した。
そこで彼の目に入ったのは最愛の婚約者の怯える姿。
「ああ、エーリック様……私……とても怖いですわ」
その美しい
「いったいどうしたの?」
今にも倒れそうな最愛の婚約者に慌ててエーリックは駆け寄ると、両手でウェルシェを支えるように肩を抱き留めた。
(つ、冷たい!?)
その瞬間、手に伝わってきた体温の低さにエーリックはびっくりした。ウェルシェの肩が氷のように冷えていたのだ。
「うっ、うっ、私……ヒック……私……グスッ……どうしたら良いか……」
しかも、ハラハラと涙を流し嗚咽を漏らしているではないか。
「大丈夫、僕がついているよ。何があったんだい?」
「そ、それが……ここ最近、誰かにつけ回されているみたいなんです」
「なんだって!?」
エーリックは目を大きく見開き驚いた。
「僕らの婚約は
オルメリアの裁定後、ウェルシェの周辺から不埒者の姿は消えて久しい。だが、喉元過ぎれば熱さを忘れるもので、また不心得者が出たのかとエーリックは眉間に皺を寄せた。
「懲りもせずに僕のウェルシェをつけ狙うなんて……いったい誰が?」
「そ、それが分からないのです」
ウェルシェはふるふると首を横に振った。
「いつも誰かに見張られているみたいで……ですが、決して近づいてこず姿を見せないのです」
卑劣なストーカーには男でも精神を病むのだ。ましてやウェルシェは非力な貴族令嬢だ。姿を現さない者につけ回される彼女の恐怖はいかばかりか。
「報復を恐れてコソコソ隠れて隙を窺っているのか」
「私……恐ろしくて……」
いかに婚約が王妃の後ろ盾を得ていても、襲われ無体を働かれればどうにもならない。そんな恐怖に四六時中ウェルシェは
「くっ、卑怯者め!」
自分の両肩を抱き締めガタガタ震える最愛の婚約者の怯える姿にエーリックは怒りを覚えた。
「安心してウェルシェ。僕が何とかするよ!」
「本当ですの?」
「うん、実はそいつらに心当たりがあるんだ」
「え゙っ!?」
予想外のエーリックの反応に変な声を上げてウェルシェの演技が崩れ掛ける。ウェルシェの様子の変化に、今度はエーリックが訝しげに首を傾げた。
「ウェルシェ?」
「あっ、い、いえ」
引っ込んだ涙がバレそうになりウェルシェは慌てた。
「そ、その、心当たりというのは?」
「兄上の元側近レーキ・ノモ達だよ」
自信満々に胸を張るエーリックとは対照に、ウェルシェの口の端がピクピクと引き攣った。
「実はここのところウェルシェの周りで彼らの姿をよく見かけるんだ」
だが、そんなウェルシェの様子に気づかずエーリックは続ける。
「最初は偶然かと思ったけど、今のウェルシェの話で確信したよ」
「ち、違いますわ!」
「違う? どうして分かるんだい?」
えーっと、と一瞬ウェルシェは答えに窮した。
「あっ、そうです、彼らが教えてくれたのですわ」
「何を?」
「私を監視する者達がいる事を知らせてくれたのが彼らなのですわ」
「ああ、だから隠れて姿を見せないストーカーの存在にウェルシェは気づけたんだね」
そうですそうですとウェルシェはウンウン頷く。
「それで、彼らは私の護衛を買って出てくださいましたの」
「なるほど、そうなんだね」
だから自分の周囲にいるのだと説明すればエーリックは一応頷いてくれたが、顔は険しく納得はしていなさそうだ。
「だけど彼らには気をつけた方がいいよ」
「ど、どうしてですの?」
実際、エーリックは注意喚起してきた。
レーキ達を配下にしているウェルシェとしては擁護したいところだ。しかし、猫を被っているウェルシェは彼らを傘下に収めている事実をエーリックには秘密にしている。
「危機を教えていただいた上に私を守ってくださっていますわ」
「彼らとすれば兄上に取り行って返り咲きたいだろう?」
何とか誤魔化そうとしたが、エーリックの追求は続く。
「兄上の観心を買う為にケヴィン先輩と結託している可能性も否定できない」
エーリックの懸念はもっともなだけにウェルシェは慌てた。
「ストーカー騒ぎだって彼らの自作自演なんじゃないか?」
「そ、そうなのですか?」
「違うかもしれない……だけど注意しておくに越した事はないよ」
「は、はい、気をつけますわ」
戸惑うウェルシェの様子を勝手に怯えていると勘違いしたエーリックは震える彼女の身体を抱き締め、宥めるように頭を優しく撫でる。
「とにかく、これからなるべくウェルシェの側にいるようにするから安心して。それに、僕の方でもストーカーの件は調べておくよ」
そう言い残し、エーリックはグロラッハ家を後にした。
いつになく頼もしいエーリックの態度にウェルシェは目をパチクリさせながら茫然と見送ったのだった……
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