第5章 その乙女ゲーム、本当に必要ですか?
第41話 その公爵令嬢、何か隠していませんか?
「ご機嫌よう、ウェルシェ・グロラッハ様」
ケヴィンの件が片付き、晴れ晴れと学園にウェルシェは登校した。そこで彼女を待っていたのは、普段は校内で見かけない美女であった。
イーリヤ・ニルゲ公爵令嬢――
黒い髪に赤い瞳、精巧な人形のように整った顔、女は嫉視し男は見惚れる起伏のあるプロポーション。一度その姿を目にすれば絶対に忘れられない絶世の美女。
オーウェンのテコ入れの件もあり、ウェルシェも近いうちに接触をしようと思っていた相手だ。
ただ、彼女の方から面会に来てくれるとはウェルシェも予想だにしていなかった。
(だけど、これは好都合)
イーリヤの方が家格が上だけに、どう接触しようか思案していたが手間が省けるというものだ。
「これはイーリヤ・ニルゲ様…ご挨拶痛み入ります」
「将来は姉妹になるのだしイーリヤで良いわ」
「では、私の事もウェルシェとお呼びくださいませ」
しかも、望外にもファーストネームを呼ぶ許可まで貰えた。これで今後は接触がしやすくなる。
「本当はもっと早くにあなたと会いたかったのだけど……」
「イーリヤ様はとてもお忙しい身。取るに足りぬ私などをお気に留めていただけただけでも光栄でございますわ」
イーリヤはふっと笑みを零す。
その妖艶な美しさにウェルシェは見惚れた。
「あなたが取るに足りなかったら、この学園のほぼ全員がつまらない人間になってしまうわ」
「まさか……私のような非才の身など……」
「謙遜も過ぎれば嫌味よ」
(いやいや、公爵令嬢でありながら文武両道、魔力量甚大、努力の人で商才まである絶世の美女相手に何をどう不遜に振舞えと?)
ウェルシェとて自分の能力に自負はある。だが、いくら才色兼備の彼女でも目の前にいる
「イーリヤ様を前に私如きではとても大言壮語は口にできませんわ」
「あら、そうかしら?」
イーリヤが小首を傾げると見事な赤い前髪が首筋に垂れる。その色気と美しさに思わずため息が漏れ出そうになるのをウェルシェはぐっと堪えた。
「イーリヤ様はご自分がどれほど優れているかお分かりになられておりませんわ」
まったく、
天はこの女性にいったい何物を与えているのか。
「その言葉、そっくりそのままお返しするわよ」
「?」
何を言っているのだと今度はウェルシェが小首を傾げる。
「まったく分かってないって顔ね」
イーリヤは苦笑いした。
「入学早々、儚げな美貌で話題を掻っ攫い、容姿とは裏腹に成績、魔術の腕は学年トップ。私と違って物腰柔らかい美しい所作で、性別問わずに周囲を魅了している『妖精姫』は私より有名よ」
自分の商会運営と妃教育や社交などで忙しく飛び回っているので、イーリヤは学園にいる時間がほとんどない。
それもあって学園内での話題はもっぱらウェルシェ関連で染まっていた。もう1人、オーウェンの浮気相手であるアイリス・カオロも噂で賑わしているが……あっちは完全に悪名である。
「学園で1番の人気者でしょ。殿方からは特に」
「あまり嬉しい評判ではありませんわ」
ウェルシェが少しむくれるとイーリヤはくすくす笑った。どうやら学園にいなかったイーリヤの耳にもケヴィンの話は届いているようだ。
だが、これは好都合。
腹の探り合いはあるが、どうやらウェルシェに対するイーリヤの心証は悪くなさそうである。
これならオーウェンの王位継承権の件でイーリヤ協力を得られそうだ。ウェルシェとしては何としても彼女に頑張ってもらいたい。
まあ、それでなくともイーリヤは公爵令嬢であり、将来は王妃になるのだから無下に出来る相手ではない。それに、エーリックと結婚すれば義理の姉となる彼女との関係を良好にしておいて損はないだろう。
(イーリヤ様個人を見ても、彼女の商会はかなり魅力的ですし)
腹黒令嬢はどこまでも打算的なのである。
「それに、優秀な手駒も多数手懐けたんでしょ?」
「えっ?」
スッと目を細めて微笑むイーリヤの雰囲気がガラリと変わった。
「オーウェン殿下から離れた鋭才達を引き込んだそうじゃない」
「――ッ!?」
「皆が愚かにも彼らから距離を取っている隙にね」
(学園にほとんど来ていないイーリヤ様が既に把握しているなんて!?)
ウェルシェの背筋に冷たいものが走った。
ウェルシェは水面下で策動していた。そんな彼女の行動を把握できている者は学園内には少数しかいない。
「だから、私の前では
「――ッ!?」
二度目の
(全部バレてーら)
ウェルシェの頬をツーッと冷や汗が伝って落ちた。
「な、何を仰っているのか分かりませんわ」
「前世でもあなたみたいなのいたのよね」
(『前世』? 生まれ変わりの事かとかしら?)
この世界にも輪廻転生の概念は存在する。だが、どうにもイーリヤが意図しているのとは認識にズレがあるようにウェルシェには思えた。
「サークルクラッシャーみたいなはた迷惑な女ってイヤよねぇ」
「あ、あの……イーリヤ様?」
イーリヤが次々に口にする聞き慣れぬ単語にウェルシェは戸惑う。
「ふふふ、その反応を見る限り……違うみたいね」
「違う……とは?」
「ゲームでの『悪役令嬢ウェルシェ』と剥離してるから、中身が違うかと思ったんだけど……」
「いったい何の事でしょう?」
イーリヤがますます謎めいてくる。
「今はまだね……もっと仲良くなったら教えてあげるわ」
だが、今のところイーリヤは説明するつもりはないらしい。
「だから、親交を深める為にも
そう言って悪戯っぽくイーリヤは笑う。噂通り気さくで親しみやすい人物のようだ。ますますウェルシェには都合が良い。
「無理を仰らないでくださいまし」
だが、お互い立場がある。
それにイーリヤを完全に理解したわけではないので、ウェルシェはまだまだ警戒を解くわけにはいかなかった。
「あらあら、さすが
「それはイーリヤ様も同じではありませんの?」
ちょっと小馬鹿にされた気分になり、ウェルシェは僅かに眉を寄せた。
「ごめんなさい、別にあなたを侮辱しているんじゃないの」
左手に右肘を乗せ頬杖をつくイーリヤの仕草は、高位貴族の令嬢にとって褒められたものではない。
だが、あまりに自然でイーリヤには似つかわしく、ウェルシェはその美しい女性に見惚れてしまった。
「むしろ感心してるのよ。あなたの猫被りは利己的な愉快犯ではなく家や領民の為でしょ?」
ここにカミラがいれば「お嬢様は正真正銘の愉快犯です」と大爆笑していただろう。ただ、グロラッハ家や領民を大事にしているのも事実ではあるが。
「さすが正真正銘の生まれついての高貴な令嬢よね」
「イーリヤ様も公爵令嬢ですわ」
「私は知識チートやキャラ能力の高さで誤魔化している
まただ――ウェルシェにはイーリヤが先ほどから口にする言葉の意味が分からない。
「イーリヤ様が紛い物?」
「ええ、そうよ」
頷いたイーリヤは、ああそう言えばと何か思い出したようにポンッと手を打った。
「私以外にも同じようなのがもう一人いたわね」
「同じようなの……で、ございますか?」
「ええ、これはお近づきの忠告。あなたの
(ヒロイン? ターゲット?)
ウェルシェは理解不能な言葉であったが、イーリヤ様は構わず続けた。
「気をつけなさい。あなたの婚約者も狙われているのよ」
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