第42話 その聖女様、本当にヤバくないですか?
その後、ウェルシェはたまに訪ねて来るイーリヤと徐々に親交を深めていった。
もっとも、それでも彼女は謎言葉の数々について教えてくれはしなかったが。
一方、不埒な男共の方は完全に鳴りを潜め、ウェルシェは平穏な学園生活を取り戻した……かに見えた。
が、新たな問題が出現した――
「あんたも『転生者』なんでしょ!」
「はい?」
それは薄桜色の髪と春空色の瞳の美少女――アイリス・カオロとの
「トボけたってムダよ!」
(えっ、突然何なの?)
そこを狙われた。
急にやって来た彼女は名乗りもせずに、開口一番ウェルシェに向かって訳の分からない事を喚き散らしたのだ。
意味が分からずウェルシェは目をぱちくりさせた。
「私、分かってんだからね!」
恐ろしい形相で迫ってくるアイリスには『スリズィエの聖女』と呼ばれ、見目麗しき男達に愛嬌を振り撒いていた面影はまったくない。
スリズィエは穏やかな季節に小さな薄いピンク色の可愛いらしい花を満開に咲かせる。
その花びらと彼女の髪の色から形容されたのだろうが……今のウェルシェの前にいる少女はとても穏やかでも可愛らしくもない。
「あんた『ゲーム』の『設定』と違い過ぎるのよ」
(うーん……意味不明ですね)
アイリスの口にする単語が耳慣れないもので、理解できないウェルシェにすれば子犬がギャンギャン吠えているとしか思えない。
「ちょっと、何とか言ったらどうなの?」
ずっと黙っているとアイリスがキレて叫んだ。
そのあまりな身勝手さにウェルシェは呆れた。
(何とも 礼儀知らずな娘ですね)
友人やそれなりに親交のある家の者ならいざ知らず、許しも無く高位の者に話し掛けるのはマナー違反である。
それでなくとも国内でも有数の資産家で権勢を誇っているグロラッハ家とお近づきになりたい者は数多くいるのだ。いちいち相手などしてられるわけがない。
「あなたはいったいどなた様です?」
「知っているくせに白々しいのよ!」
もちろんウェルシェもアイリスの事は知っている。
「あなたとは面識が無かったと記憶しておりますが?」
「何よ! 友達じゃなきゃ声も掛けちゃいけないっての」
当たり前である。
イーリヤみたく高位の者ならいざ知らず、許しも無く勝手に話し掛けてきた無礼者を相手にした前例を作るわけにはいかない。それを許せばウェルシェに群がって来る下位貴族の子女が後を断たない状態になるのは目に見えている。
「ふんっ、お高く止まっちゃって!」
お高くも何も、実際にウェルシェは高位貴族の令嬢で偉いのだ。
社会通念として男爵令嬢が気安く声を掛けて良い相手ではない。
「そんなところは『悪役令嬢』よね」
「『悪役令嬢』?」
またもや知らぬ言葉だ。
「あなたみたいに傲慢で高飛車な女の事よ」
ウェルシェは他人をおちょくって楽しむ腹黒な少女だが傲慢ではない。侍女のカミラに好き勝手言われても許してしまっているように気さくな令嬢である。
学園内の評価でも親しみやすい令嬢として人気があるほどだ。
「身分が低いからって
「は、はぁ……」
何と答えて良いのやら。
ウェルシェに彼女を虐げた事実は無い。
また、今後もそんな予定は皆無である。
だいたい自分がどうして身分が低い人物をイジメなければならないのか?
この学園にはウェルシェよりも家格の下の者の方が多いのだ。そんな者達をいちいちイジメるなど非効率で非生産的な行為など、利と理を重んじるウェルシェには不可解極まりない。
そこに何の得があると言うのか……まったくもって意味不明だ。
「だから早く自分の役割を果たしなさいよ!」
「役割?」
「そうよ、あんたは『わんこルート』と『ヤンデレルート』の悪役令嬢じゃない」
わんこ?
ヤンデレ?
何のこっちゃ?
次から次にアイリスの口から出てくる意味不明な言葉にさしものウェルシェも目が点だ。
「エーリックとの政略結婚が嫌で片想いしてるケヴィンに付き纏う、
「先程から何を仰られておりますの?」
意思疎通ができず、とにかく人語で話して欲しいとウェルシェは切実に願う。
「あんたが仕事しないせいで『わんこルート』が解放されないじゃない!」
「そう申されましても私には何の事やら……」
アイリスとは面識がないし、仕事を依頼された覚えもない。
「いいから、あんたは私をイジメなさいよ!」
「えっ!? あなたマゾなんですの?」
ドン引きだ。
そんな変態とは関わり合いたくはない。ウェルシェはススーッとアイリスから距離を取る。
「違うわよ!!」
「いえ、でも……自分をイジメて欲しいと仰られたではありませんか」
変態は自分が変態だと認識していないものなのね、と奇妙に納得してしまった。
「だからぁ、あんたが私をイジメてザマァされろって言ってんの」
「どうして私があなたをイジメてザマァされなければいけませんの?」
イジメる理由もなければザマァされる
「それが悪役令嬢の役目だからよ!」
「ザマァされる為にしたくもないイジメをしろと?」
なんだその理不尽は!?
「そうじゃないとエーリックの『わんこルート』が開放されないじゃない!」
「――ッ!?」
アイリスの言っている意味を完全には理解できないが、『わんこルート』が何を指しているか分かりウェルシェはギョッとした。
「あなた、まさかエーリック様を犬呼ばわりしているのですか!?」
「そうよ。エーリックは純情従順なわんこ王子って人気のルートなのは常識じゃない」
「王族を犬扱いにする常識なんてありません!」
何なのだこの異常な少女は?
「それに比べてケヴィンはやーね。ヤンデレなんて趣味じゃないの」
「あなた正気ですの?」
王族や高位貴族の子弟を呼び捨てしてトンデモ発言を繰り返すアイリスは常軌を逸している。
「本当はケヴィンなんてどーでも良かったのよ。それでも
「先程からあなたは何の話をしているんです?」
まったく話が通じない目の前の愛らしい少女に、ウェルシェは恐怖に似たものを感じた。
「ケヴィンに惚れてるあんたが彼に付き纏わないから、仕方なく私がケヴィンを誘導してあげたのよ」
何だその上から目線は?
「してあげたって……私はセギュル様に恋慕の情など抱いておりませんが?」
「それなのに、何であんたケヴィンを拒否るのよ」
「当たり前です。私はエーリック様の婚約者ですよ」
「あんたはケヴィンに惚れるの!」
めちゃくちゃである。
まるで会話にならない。
「いい! それがあんたの役目なんだから、しっかり仕事してよね!」
「ですから、いったいあなたは何を言っているのです?」
「私が言ってる意味が分からないってんなら、あんたは『NPC』なのよね?」
NPC?――また意味不明な単語だ。
だが、アイリスは説明するつもりもないようで、ただ自分の言いたい事だけ捲し立てた。
「あんたが転生者じゃないってんならNPCとして決められた通りに動きなさいよ!」
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