第40話 その侯爵夫人、思い込み激しくないですか?

 ――ガッシャーーーンッ!!!


 おそらく高価と思われる、しかしながら金の模様が過多で品の無い茶器が床に叩きつけられ砕け散った。


「キャッ!?」


 そして、これまた高級そうだが派手な色合いでけばけばしい絨毯の上に飛散して、間近に控えていた侍女が短い悲鳴を上げた。


「あの子がいったい何をしたって言うのよ!」


 この部屋の主人であるセギュル夫人がまたいつもの・・・・・癇癪を起こしたのである。


「ケヴィンはただ自分の恋人の窮地を救おうとしただけじゃない!」


 セギュル夫人はケヴィンの言い分を無条件に信じており、悪いのはエーリックだと疑いもしていないらしい。


「それなのにどうしてケヴィンだけが罰せられないといけないの!?」


 実際には継承権剥奪の危機に陥っているオーウェンが一番重い罰を受けている。だが、彼の罰には執行猶予がついており、今回の件でケヴィンだけが理不尽に虐げられているようにセギュル夫人には思えた。


「こんなの王妃の横暴じゃない!」


 我が子だけが不当に罰を受けている――それがセギュル夫人の歪んだ認識なのであった。


 イライラしてセギュル夫人は親指の爪を噛む。


「オーウェン殿下やエーリック殿下には何のお咎めも無く、ケヴィンだけに処分を下したのは王家にセギュル家をおとしめる目的があるんじゃないの?」


 もともとエーリックは自分の婚約者を守っただけで何のとがもないし、オーウェンにしても多少横柄ではあったが罪を犯したわけではない。


 だが、ケヴィンは第二王子の婚約者にストーカー行為を働いたのだ。しかも、王家の婚姻に因縁を付けた上に王族に対して不敬を働いている。


 これは不敬罪が適応されてもおかしくはない。それを鑑みれば、むしろセギュル家を慮って罰はかなり軽いものになっているのではないだろうか。


 審議の場においてもセギュル侯爵は裁定の場で想像以上に罪が軽くてホッと胸を撫で下ろしたくらいだ。


「きっとそうだわ!」


 しかし、セギュル夫人の認識にはズレがあり自分の子供だけ不当に重い罰を課せられたとの思い込みから、王家の陰謀があるのだと斜め上に妄想を逞しくさせた。


「あれだけ王妃派として尽くしてきたのに!」


 オルメリアからすれば勝手に王妃派を自称し頭痛の種になっていただけなのだが、セギュル夫人は王妃に尽くしていたと勘違いしていた。


 これはもう完全な逆恨みである。


「このままではセギュル家の権勢を削がれてしまうわ」


 跡取りならともかく、出来の悪い次男ケヴィンが謹慎処分になったくらいで侯爵家が落ちぶれるはずもない。


「私も王妃のお茶会から爪弾きにされそうだし、旦那様あの人も閑職へ回されるんじゃ?」


 だが、王家がセギュル家の凋落を画策しているのだと勘繰ってしまい、セギュル夫人は悪い方へ悪い方へと思考がいく。


「何とかしないと」


 ブツブツと呟きながらセギュル夫人は部屋の中を忙しなく歩き回る。主人の険しい形相に侍女達はビクビクと見守るしかない。


「そうよ……そうだわ!」


 パッとセギュル夫人は愁眉を開いた。


「ケヴィンにグロラッハの小娘と既成事実を作らせれば良いんだわ」


 既成事実さえ作ってしまえばエーリック殿下とあの娘ウェルシェの婚約は解消せざるを得なくなる。


「そうすればケヴィンは好きな相手と結ばれるし、あの娘もエーリックから解放されて私に感謝する事でしょう」


 ケヴィンとウェルシェが結ばれればセギュル侯爵家はグロラッハ侯爵家と強固な関係を結べて王家も迂闊に手が出せなくなる。


「そうよ、それが良いわ」


 自分の思いつきが最良の方法だとケイトは信じた。もちろんセギュル侯爵がいれば絶対に止めていただろう。


「みんなが幸せになれる良い方法だわ」


 だが、不幸にもここにケイトを止められる者はいなかった。


「恩を仇で返した王妃に目にもの見せてやるわ!」


 ぐっと拳を握り締めてケイトは復讐に燃える。


 だが、ケイトは気がついていない。怯える侍女達の前で愚かにも自分の計画を暴露している事に。


「ウェルシェもケヴィンの嫁になったらきちんと再教育してあげないとね」


 それでも自分の計画がもう成功したものとしか考えられないケイトの想像は飛躍していったのだった……

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