第39話 そのお友達、ただの傷の舐め合いじゃないですか?
「どうして分かってくれないんだ!」
ドンッとオーウェンは拳を激しく机に叩きつけた。
「父上も母上も貴族主義的で人の心を理解していない!」
自分の執務室に戻ったオーウェンは憤りを隠せない。そんな荒れるオーウェンに気づかわしげな視線を向ける男達がいた。
「落ち着いてください殿下」
眼鏡を掛けた一見すると怜悧な印象を受ける青髪の美少年――サイモン・ケセミカ。
彼はケセミカ宮中伯の長男であり幼少期は神童とおだてられて育ったが、学園ではイーリヤやレーキなどに遅れを取った。サイモンは家の期待に応えられず悩み、ますます成績を落としていった。
そんな彼に人の価値は学業だけではなく、能力は学校の成績だけでは測れないと気づかせてくれたのがアイリスである。
「そうだぜ、俺達は最後まで殿下の味方だ」
赤髪の精悍な美丈夫であるクライン・キーノンは騎士を目指す裏表の無い真っ直ぐな少年だ。しかし、その正義感のせいで模擬戦で少しでも卑怯卑劣と思える手段で負けると相手に突っ掛かってしまい騎士クラス内で孤立している。
そんな愚直な性格も素敵なのだとアイリスに誉められ立ち直れた。
「ケヴィン先輩は心配だけど、まだ猶予はあるんじゃないかな」
実年齢よりちょっと幼なく見える白銀の髪と赤い瞳のアルビノの少年コニール・ニルゲ。彼はオーウェンの婚約者イーリヤ・ニルゲの義弟である。
彼はニルゲ公爵の一人娘イーリヤがオーウェンと婚約したため跡取りとして分家より養子となった。しかし、背も低く実年齢よりも幼く見える童顔のせいで侮られ、自分の容姿に強いコンプレックスを抱いていたショタ系美少年である。
そんな彼の前に現れたアイリスは容姿で差別する連中がおかしいのだとコニールを励まし、彼は今のままの自分を受け入れてくれた事に自信を取り戻した。
ここにはいないが、ケヴィンも優秀な兄と比べられて苦しんでいる時にアイリスから励まされた縁でオーウェンの
つまり、オーウェンを始めここに集うのは皆アイリス・カオロに救われた彼女の信奉者なのである。
「お前達の言う通りだな」
自分で見い出し選んだ側近であり友でもある男達に励まされ、オーウェンは頼もしそうに彼らを見た。
(そうだ、側近とはこうでなくては)
彼らはいつもオーウェンのやる事を応援してくれる。何があっても励まし支えてくれる掛け替えのない親友だ。
こうやって共に同じ道を歩んでくれる者こそ本当の人材であり宝ではないのか?
(この者達こそ真の友だ)
自分の執務室に集まった面々を見回してオーウェンは確信した。
それに比べて父や母が選出した側近達はどうだ。小言ばかりで自分の信ずる道の行く手を阻み邪魔ばかりする。何事もやってみなくては分からないというのに。
最初から失敗を恐れて、やる事なす事に否定意見しか述べない。それでは前例の無い新しい取り組みは全て潰されてしまう。
(あんな連中は害悪でしかない。父上も母上も人を見る目が無い)
「お前達が俺の臣下、俺の友で良かった」
「私も殿下という至上の主と出会えた事を神に感謝します」
「おいおい、俺達を引き合わせてくれたのは神じゃなくてアイリスだろ」
「どっちも同じさ。だってボクらにとってアイリスは女神なんだから」
「違いない」
コニールの発言にクラインも笑って同意した。いや、オーウェンもサイモンも笑って頷いている。
はははと笑い合える仲間達こそがオーウェンの宝であり、彼らと引き合わせてくれたアイリスこそがオーウェンの唯一。
アイリスを思い浮かべれば胸がポカポカと温かくなる。
ジョウジ・シキンやレーキ・ノモの如き事務的で歩み寄りができない輩は信用ならない。イーリヤ・ニルゲに至っては自分が第一王子だから擦り寄り婚約者となったような女だ。
あいつらは王家に寄生するクズだとオーウェンは信じている。まったく奴らは次代の王のには相応しくない連中だ。
「俺の婚約者がイーリヤではなくアイリスだったら……」
きっと彼女は
「父上も母上も大切なものが見えていないのだ」
「大丈夫です殿下。我々が道を示せば良いのです」
オーウェンが顔を曇らせたが、サイモンが事も無げに言ってのけた。
「うだうだ理屈ばっかこね回している奴らに惑わされる事はない」
「そうそう。僕らの方が正しいんだって結果で示せばいいのさ」
クラインとコニールもサイモンに同調してオーウェンを励ます。
「だが、今回の件で俺ばかりかお前達にまで塁が及んでしまった」
この騒動でオーウェンの王位継承権だけではなく、彼らも婚約者との婚約が解消されてしまったのだ――とオーウェン達は勘違いしていた。
実際には彼らが婚約者を蔑ろにしてアイリスをちやほやしていたのが問題で、婚約者の実家から責任を取らされただけである。
「ふっ、あんな分からず屋など婚約解消できて清々しましたよ」
「まったくだ。だいたいアイリスに酷いいじめをしていた連中だ」
「そうさ。ボクらとあいつらのどっちに正義があるかなんて、いつか明るみに出るんだから」
だが、彼らは自分達の元婚約者達に非があり、自分達は不当に婚約を解消されたのだと信じて疑っていない。
「それに殿下、アイリスを諦める必要はありません」
ふっと笑いサイモンが眼鏡のブリッジを中指でクイッと持ち上げた。
「イーリヤ嬢の悪事を世に知らしめ我らの正当性を示せば良いのです」
「ああ、そうすれば殿下が王位継承権を失わずにイケ好かないイーリヤと結婚を回避できるってもんだ」
「
「お前達……くっ、俺は本当に素晴らしい忠臣に恵まれた」
自分を支えて背中を押してくれる頼もしい本当に仲間達である。彼らと巡り合わせてくれたアイリスには感謝しかない。
「殿下、今はまだ動く時ではありません」
「だが、必ず悪事はボロが出る」
「その時にボクらで義姉上に正義の鉄槌を下すんです」
自分達が正義、それ以外は悪……彼らの中ではそうなっていた。
人とは大なり小なり自分が正しく他者が間違っている、自分が優れていて他者は劣っている、と思う傾向がある。
だから、ジョウジやレーキの諫言がオーウェンには
「みんな、ありがとう……そうだな、きっとイーリヤ達は自分達の非道を後悔するだろう。その時はさすがに母上にもご理解いただけよう」
この心得違いが近い将来オーウェン達の不幸へと繋がっていく――
「だが、今は俺よりもケヴィンが心配だ」
「そうですね。愛する者と引き裂かれた彼の心中を察するに余りがあります」
「俺達で励ましてやろうぜ」
「じゃあ今からケヴィン先輩のお見舞いへ行こうよ」
「そうだな。俺達だけでもケヴィンとウェルシェの愛を応援してやろう」
――だけど、それはまた別のお話……
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