第38話 その愉快犯、まだ何かするんですか?

「何よザマァって?」


 聞き慣れぬ言葉にウェルシェは首を傾げた。その拍子にさらりと白銀の髪が流れる。その様はまさに男達が理想とする妖精そのもの。


「近ごろ巷間ちまたで流行っている恋愛小説のテンプレでございます」

「恋愛小説ぅ?」


 最も嫌いなジャンルの話題にウェルシェはしかめっ面になった。


「まあ、お嬢様には無縁のものでございますね」

「失礼ね。私だって年頃の娘よ!」


 ウェルシェの主張にカミラが疑いのジト目を向ける。


「ですが、お嬢様は恋愛より謀略とか陰謀とかの方が好きですよね?」

「大好きよ!」


 胸を張って答えるウェルシェに忠実な侍女はため息が漏れでた。外身と裏腹に中身は謀略好きのおっさんにしか見えない。


 これだけ容姿に恵まれているのに恋愛には一切興味のない貴族令嬢――それが残念腹黒令嬢ウェルシェ・グロラッハである。


「私としてはお嬢様には少し恋愛にも興味を持って欲しいものです」

「貴族令嬢は政略結婚が基本よ。恋愛なんて必要ないじゃない」


 恋愛なんて飯の種にもならないわ、と真顔で言う残念なお嬢様にカミラのため息が止まらない。


「私、本当にエーリック殿下が憐れでなりません」


 カミラの見立てではエーリックは本気でウェルシェに恋してる。だと言うのにお相手のウェルシェは外見だけは恋に恋する美少女でありながら、中身は恋愛に残念な見た目詐欺。


「いいでしょ、エーリック様も幸せそうなんだし」

「まあ、知らない方が幸せって事もありますよね」


 ウェルシェの本性を知ったエーリックの絶望する顔が想像できてしまう。


「それでザマァって何よ?」

「今回お嬢様がセギュル様やオーウェン殿下になさったように、理不尽な振る舞いに対してしっぺ返しを食らわせる事です」


 王子様役の男を巡ってライバルの令嬢がヒロインと争い権力を傘に虐めるが、最後には仕返しをされてしまうのだと説明を受けてウェルシェは一つ頷いた。


「ああ、つまりざまあ見ろって意味ね」


 納得がいったウェルシェであったが、すぐに興味なさそうな表情になった。


「くっだらない!」

「お嬢様ならそう言うと思っておりました」


 恋愛脳とは真逆にいる主人をカミラは重々承知している。


「だって、貴族の婚姻に恋愛感情を持ち込むなんてナンセンスよ。ライバル令嬢やヒロインの争いの前にお相手の王子様とやらの神経を疑うわ」

「私は年頃の娘なのに恋愛に残念なお嬢様の感性の方を疑います」

「恋愛にうつつを抜かす頭お花畑な令嬢よりマシでしょ」

「まあそうなんですが……」


 カミラは何度目かのため息を漏らした。


「恋愛の代わりに周囲をおちょくって楽しんだツケは払わなければなりませんよ?」

「ぐぬぬぬ!」


 カミラの一言で現実に引き戻されてウェルシェは歯噛みした。


「ホント後先考えない行動は慎むべきです」

「ちゃんと私は計画通りにやったわよ!」

「計画以上の事もされましたよね?」

「くっ! シキン夫人が暴走したせいであって私が悪いわけじゃないわ」


 もとは自分の趣味優先が原因なのにウェルシェはとことん責任転嫁だ。

 これではオーウェン殿下の事を悪く言えないのではとカミラは思った。


「しかも、今回の件で王妃様達にお嬢様の本性はらぐろはバレたのではありませんか?」


 だが、カミラの懸念は他にある。


「今ごろ王妃様はオーウェン殿下の婚約者およめさんをお嬢様にしとけばよかったと後悔なさっているかもしれませんね」

「どうして? 公爵令嬢で有能なイーリヤ様の方が、私よりオーウェン殿下の婚約者として相応ふさわしいわよ?」


 カミラは常々不思議に思うのだが、ウェルシェは意外と自分を客観視できていない。


「イーリヤ様はご自分の才能を隠そうともしないお方です。ですから無自覚に男の自尊心をバッキバキに折られておいでなのです」


 能力だけは激高のイーリヤだが、貴族の中での立ち振る舞いは意外と下手だとカミラは見ている。


「その点お嬢様は裏で蠢動するのが大好きな腹黒。ヘタレなエーリック殿下でさえきちんと立てられるお方ですから」

「失礼ね! エーリック様は努力されているんだからオーウェン殿下よりもうちょっとマシよ」


 もうちょっとだけなのかとカミラは思ったが、そこはあえて突っ込まない。


「オーウェン殿下はプライドが高いですからイーリヤ様とは絶望的に相性が合いません。今からでも婚約者をお嬢様にすげ替えようとなさるのでは?」

「まっさかー」


 ケタケタ笑ってウェルシェは手をヒラヒラと振る。


「だって王妃様自ら私とエーリック様の婚約を保証なさったのよ。今さら撤回はできないわ」

「それもそうですね」


 ウェルシェの指摘はもっともだ。


 もし、彼女をオーウェンの婚約者としたいのであれば、オーウェンに厳しい裁定は下していなかったであろう。


「だとすると、オーウェン殿下の王位継承権の行く末が当面の問題ですか」

「あのボンクラ王子が改心するとも思えないものねぇ」

「それで、お嬢様はいかがなさるおつもりなのです?」


 このままではエーリックが立太子する未来一直線である。


「どうにかしてオーウェン殿下に実績を上げさせないといけないわね」

「オーウェン殿下とその愉快なお仲間達にそれが可能とお思いで?」


 無理よねぇ、とウェルシェはため息を漏らす。


「王妃様にだってオーウェン殿下達が汚名返上できるとは思っていらっしゃらないでしょうに、どうして罰をあんなに重くしたのかしら?」

「国母として母親としてオーウェン殿下に少し厳しい試練を課して成長を促しておられるのだとは思うのですが……」

「オーウェン殿下にとっては少しじゃないものねぇ」


 どう考えても彼らには無理ゲーだ。


「あるいはイーリヤ様との仲を修復して欲しいとお考えなのかしら?」

「なるほど、確かにオーウェン殿下にとって、それは起死回生の一手でございますね」


 超絶優秀なイーリヤが味方をすれば、ボンクラ王子オーウェンにも十分に勝算はある。


「やっぱ一度イーリヤ様と接触しなきゃいけないわね」

「ですが、オーウェン殿下とイーリヤ様の仲は修復不可能ではありませんか?」

「元凶はあの『スリズィエの聖女』よねぇ」


 オーウェンを始め見目の良い貴族子弟を侍らせていた薄桃色の髪の美少女を思い出す。


 イーリヤに対してオーウェンが劣等意識を抱いているのが原因である。だが、イーリヤとオーウェンの中に亀裂を入れたのはアイリスである。


「イーリヤ様とアイリス様を引き合わせて関係を修復しないといけないかもしれないわね」

「それ大丈夫ですか?」

「何が言いたいのよ?」

「お嬢様が介入すればするほど事態が深刻になっていくような気がします」


 カミラは眼鏡のヨロイを中指と人差し指でクイッと持ち上げた。


「どうにもお嬢様が墓穴を掘っているようにしか見えないんですよね」

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