第35話 その王妃様、激おこですか?

 ――カシャン!


「裁定のみ申し渡しても納得できないでしょうから理由を先に説明しましょう」


 オルメリアは手にした王笏の底部で床を打った。

 もうこれ以上聞く事は無いとの意思表示である。


「オーウェン、お前は多くの失態を犯しています」

「わ、私に何の落ち度があると仰るのですか?」


 オーウェンからすれば自分以外の者こそ間違いを犯しており、自分はそれを正そうとしただけである。だから、オルメリアからの非難は彼にとって心外そのものであった。


「第一にエーリックが説明したように、今回の婚約話は私が提案したものです。そこにエレオノーラやエーリックの意思は介在していません」

「で、ですがケヴィンは……」

「よってエーリックがグロラッハ嬢に圧力をかけたとの言い分は全て事実無根です」


 オーウェンはごにょごにょと言い繕おうとしたが、オルメリアはまったく取り合わない。


「第二にケヴィン・セギュルの狼藉をお前が一方的に擁護した件。これに関してはウェルシェ・グロラッハより直接抗議を受けました」

「そ、そんなはずは!?」

「私が直に彼女から聞いたと申しているのです」


 ピシャリと断言されてオーウェンはグッと口をつぐんだ。


「また、ケヴィン・セギュルの王家への叛意はんいとも取れる発言を擁護もしましたね。こちらも本人からだけではなく、多数の証言を得ています」

「ケヴィンの発言は王族へではなくエーリックの暴虐への苦言であり諫言です!」

「王族ではなくエーリックの、ですか……つまりお前はエーリックを王族とは認めないと?」


 オルメリアの声が絶対零度にも届きそうなほど冷え冷えとした。母の感情が消え去った声にオーウェンの背筋が凍った。


「い、いえ、今のは言葉のあやで、決して私はそのような事は……」

「黙りなさい!」


 ――ガシャンッ!!


 オルメリアは再び王笏で強く床を打ちオーウェンの反論を封じた。


「エレオノーラはお前の即位に波風を立てぬように気を使い表に出ず、エーリックもそれに倣ってお前を立ててきました」


 本当は2人とも王太后や王太子になりたくないだけなのだが、オルメリアはあえて美談として持ち上げた。


「それなのに恩を仇で返す真似をするとは恥を知りなさい!」

「そ、それは……」

「エーリックの婚約も元はお前の立太子を後押しする為のもの」


 もっとも、今のエーリックは後継問題などどうでもよく、ただウェルシェと結婚するのを楽しみにしている夢見る少年なのだが。


「今後一切エーリックとウェルシェの婚約に口出しするのを禁じます。そこに理由の如何は問いません」


 この宣言によりエーリックとウェルシェの婚姻へのちょっかいは王家への叛意となると公式に認定された。


 もはやオーウェンと言えど覆す事は敵わない。


「お、お待ちください!」


 このままではケヴィンの恋は絶望的となる。


「まだ十分な審議は尽くされていません。諫言耳に逆らうものなれど、上に立つ者が下の者の意見に耳を傾けなくなれば国の礎を揺るがす遠因となりましょう」


 オーウェンは慌ててこの決定を取り下げてもらおうと異議を申し出た。


「もう既に全て調査済みです。婚約は私の発案ですし、ウェルシェの意思も確認しました。学園の生徒、職員からも聴取済みです」

「で、ですが、私達のところには聴取に来ていません。自分達に都合の良い意見だけ通そうとし、他の者の意見を潰すのはいかがなものでしょう」

「それをお前が言いますか」


 オーウェンの必死な献言も、しかし実の母オルメリアには届かない。むしろ、オーウェンが言葉を重ねるほどオルメリアの心は離れていった。


「陛下や私が選びお前に付けた者達は今どうしていますか?」

「そ、それは……」


 オーウェンは父や母に無断で彼らを排斥した。例え自分が正しいと思っていても、これは言い訳のできないまずい状況だ。


「彼らの諫止かんしを無視して、陛下や私に断りも無く追い払った事を私が知らないとでも思ったのですか?」

「あ、あいつらはアイリスをけなしたのです!」

「オーウェン、お前は彼らの言葉にきちんと耳を傾けていましたか?」

「で、ですから奴らは……」

「耳障りな諫言は退け、都合の良い甘言ばかりで自分の周囲を固めているのはお前の方です!」

「ヒッ!」


 オルメリアの激昂にオーウェンは震え上がった。


「苦言を呈した者達を邪魔者扱いし、自分におもねる者だけを自分の近くに置くなど……」

「ケヴィン達は真に信の置ける者達です!」

「次期国王の側近であると他生徒に尊大な態度で接し顰蹙ひんしゅくを買うような横柄な者達がですか?」

「彼らは決して傲慢な者達ではありません!」


 ケヴィンやクライン達はオーウェンにとって自分を盛り立ててくれる気の良い大事な友人達である。母とは言え許せるものではなかった。


「生徒ばかりか教師からも苦情が出ているようですが?」

「そ、それはそいつらの心根が腐っているんです」

「実際に受講態度の悪さが成績にも出ていますよ」

「学校の成績が全てではありません。彼らにはとても素晴らしい才能があるのです」


 だから必死にオーウェンは彼らを擁護する。だが、オーウェンが言葉を費やすほどに母オルメリアの心が冷えていった。


「確かにあなたの言う通り才能は学業だけでは測れません」

「では!」


 オルメリアが理解を示してくれたとオーウェンは喜色を現した。


「彼らもこれから才能を発揮する可能性はあるでしょう」

「もちろんです!」


 だが、オーウェンは気がついていない。

 自分に向けられる母親の冷たい視線を……


「そこまで言うのなら卒業までに立証してみなさい」

「えっ!?」


 オルメリアの言葉の真意を掴み損ねたオーウェンは間の抜けた顔を晒し、彼女に深いため息を吐かせた。


「あなた方に才が本当にあるのなら簡単な事です。研鑽を積み成果をあげればいいだけです」

「そ、そんな!?」


 ここにきてオーウェンにもオルメリアが相当にお冠なのだと気がついた。


 だが、時すでに遅し。


 次にオルメリアの口から告げられた下知は、オーウェンをどん底に落とすものであった。


「それが叶わなかった場合、オーウェンの王位継承権を剥奪します」

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