第34話 そのバカ息子、空気読めないんですか?

「黙るのはお前の方だ」


 若くして戴冠したワイゼンの在位年数は10年以上にも及ぶ。若輩の身でその重責を負いながら国を治めてきた。その彼にとって経験の浅い息子の威圧など何の重みも持たない。


「ち、父上!」


 現国王実の父のプレッシャーにオーウェンはたじろいだ。


 それからもう1人。


「自分に都合の悪い意見が出れば怒鳴って黙らせようとするとは、なんと底が浅い……母は嘆かわしいですよ」

「母上まで……」


 彼の母、王妃オルメリアである。


 オルメリアは現国王を助けて国体を守ってきた実績を持つ。彼女にとってオーウェンの怒声など仔犬がキャンキャン喚いているのと変わらない。


 だから、ワイゼンとオルメリアにぎろりと睨まれ、先程までエーリックに居丈高だったオーウェンは情け無いほど震え上がった。


「この件に関し全てをオルメリアに一任する。オルメリアの言葉は我が言葉と心せよ」


 国王ワイゼンは手にしていた王笏をオルメリアに貸し与えた。この場の全権を任せるとの意思表示である。


 エーリックの婚約から始まった騒動であり、発端は王妃オルメリアだ。ゆえに裁定をオルメリアに一任するとワイゼンは事前にオルメリアと示し合わせていた。


「今回の騒動はエーリックとウェルシェ・グロラッハの婚約だけが問題ではありません」


 王笏を手にしたオルメリアは前へと進み出て壇下のオーウェンに厳しい視線を向けた。


「ゆえに関係者一堂に集まってもらいました」


 既に事情を知っている者もいるようで、顔色を悪くしている。


「まずは1番の問題であるケヴィン・セギュルですが……」


 オルメリアがちらりと視線を送った先にいたのはケヴィンの父セギュル侯爵。彼は有罪判決を受ける被告人の如く顔を青くしていた。どうやらセギュル夫人から茶会の一件を聞き及んでいるらしい。


「セギュル侯爵」

「はっ!」


 名を呼ばれセギュル侯爵は一歩前に出た。


「関係者を集め調査しましたが……残念な結果です」

「我が愚息の不始末、汗顔の至りにございます」


 実際、セギュル侯爵は憐れなほど滝のように汗を流している。


「ケヴィンは停学とし自宅での謹慎を命じます」

「御意に!」

「次に同じような不始末を仕出かさないようにきっちり再教育をしなさい」

「寛大なるご配慮を賜わり感謝の言葉もありません」


 セギュル侯爵は深々と頭を下げ、予想よりもずっと軽い処分にホッと胸を撫で下ろした。


 自分の息子が第二王子の婚約者に対してストーカー行為を働いただけでなく、王族を蔑ろにする極刑ものの暴言を吐いたと彼は聞いていた。


 だから、この程度で済んだのは彼としては僥倖だった。


 のだが――


「お待ちください。それではケヴィンがまるで悪者みたいではないですか!」


(まるでではなく、悪者なんです!)


 オーウェンが横から茶々を入れられセギュル侯爵は内心で頭を抱えた。


「殿下、殿下、今は王妃殿下の裁定中ですのでお控えください」


 後ろからオーウェンの上着の裾をちょんちょんと引き、セギュル侯爵は小さな声で諫めた。


「何を言っている。義を見てせざるは勇なきなりぞ。このような不当な裁定に抗議して何が悪い。貴公とて自分の息子が無実の罪で罰せられて悔しくないのか」


 無実も何もケヴィンがやらかしたのは事実であり、茶会では自分の妻が王妃の不興を買っている。セギュル侯爵は当然その仔細を既に知っていた。


 だから、オーウェンとしては自分の臣下を全力で守ろうとしているだけなのだろうが、セギュル侯爵からすればありがた迷惑な話なのだ。


 せっかく被害が軽微で済んでいるのに、これ以上引っ掻き回さないでくれと……


「母上、お考え直しください。このような横暴を通せば臣下は誰もついてはきません」

「オーウェン、横暴とはお前の振る舞いを指して言われる言葉です」

「わ、私が何を――ッ!?」


 実の母から氷点下の視線を向けられオーウェンは言葉を詰まらせた。


「お前が選んだ側近とやらが学園を我が物顔で闊歩し、周囲の者達から腫れ物扱いされているのに気がついてもいないのですか」

「だ、誰がそのような根も葉もないデマを」

「きちんと調査した報告書による根も葉もある事実です」


 つまり、これから裁定する内容は全て証拠まで揃えているとオルメリアは言っているのだ。


「しかも、お前は婚約者のイーリヤ・ニルゲを蔑ろにし、学友と一緒になって1人の令嬢を囲っているとか」

「待ってください。それはアイリスが他の令嬢達にイジメを受けていて、我らはそれから守る為に……」

「イジメの事実は確認できませんでした。また例えそうであっても、それしき対処できなくて貴族社会をどう生き抜くのです」


 こいつらは四六時中その令嬢にくっついて生涯を送るつもりかとオルメリアは呆れ返る。


「それに、あなた方の婚約者達から苦情が届いていますよ」

「そいつらこそアイリスをイジメている張本人達です!」


 オーウェンの視点ではアイリスは今まで何人もの男達(オーウェンと現側近だけだが)を救った聖女の如き純真で優しい少女だ。


 その彼女をいじめる非道な者達へは天誅を下さねばならないと本気で信じている。


「婚約者が他の異性と必要以上に親密にしているのを注意するのがイジメですか」

「ですが、あいつらはアイリスを除け者にしたり、彼女の私物を隠したりと陰湿な行為を……」


 なおも言い繕おうとする息子にオルメリアはため息を漏らした。


「お前達こそが諸悪の根源となっていると何故わからないのです」


 自分達の振る舞いが自分達に返ってきているだけ。オーウェンには因果応報という言葉が分からないらしい。


 ――カシャン!


 オルメリアは手にした王笏の底部で床を打った。


 それは、もはやこれ以上聞く事は無いとのオルメリアの意思表示であった……

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