第31話 その側妃様、化けの皮剥がれてませんか?

「陛下も愛する側妃エレオノーラの子ならいやなはないでしょう」


 息子を切り捨てるのは母としても苦渋の選択ではある。

 だが、一国の国母として、その判断も止む無しなのだ。


「ダメです!」


 だが、何故かエレオノーラが絶叫するように反論した。


「それはいけません!」

「どうしてかしら?」


 凄い剣幕で反対するエレオノーラに小首を傾げてオルメリアは頬に人差し指を当てた。


「能力的には私の子オーウェンエレンの子エーリックもさほど変わりがないわ」

「エーリック殿下は気弱なところもありますが、己の足りない部分を補おうと日々研鑽されておられるとても真面目なお方です」


 ジャンヌもオルメリアの意見に同意を示した。


「加えて伴侶となるウェルシェさんの器は王妃になるに不足はありません」

「ふふふ、これでエーリックの立太子に何の問題もないわね」


 勝手に話しを進める二人に慌てたのがエレオノーラだった。


「あります! あります! 大ありです!」


 エレオノーラはバンッとテーブルに手を突いて立ち上がった。


「エーリックは王位を望んでいないのですから!」

「それは関係がないわ」


 オルメリアは頬杖を突いて王妃らしからぬ態度でエレオノーラを横目で見る。


「エーリックだって王家の人間としての自覚くらいあるでしょう?」

「それは……だけど……メリー様はご自分の子供が王位を継げなくても良いのですか?」

「できればオーウェンには立派な王になって欲しいと思っています」

「だったら!」


 食い下がるエレオノーラにオルメリアは小さくため息を吐いた。


「ですが、暴君となるのなら止めるのが国母の役目であり母としての愛です」

「ご立派でございます」


 オルメリアは事も無げに口にしているが、その決断は簡単にできるものではない。ジャンヌは彼女の決意を素直に感服した。


「それにエーリックが王になるのが嫌なのは本当はエレンの方でしょ?」

「ゔっ!」


 オルメリアの指摘にエレオノーラが淑女らしからぬ呻き声を漏らした。


 学生時代よりの長い付き合いだ。

 オルメリアはエレオノーラを良く理解している。


「そんなにエーリックを王位につけたくないの?」

「そうよ!」


 ぽやぽやした仮面を外しエレオノーラは叫ぶ。


「エーリックが王様になっちゃったら私が王太后になっちゃうじゃない!」

「まあ、それはそうよねぇ」


 素が出てしまっているエレオノーラの姿にオルメリアはくすくす笑い、彼女の本性を知らないジャンヌは面食らった。


「エレンはね、普段は温厚な猫かぶりをしているけれど、本当はけっこうじゃじゃ馬なのよ」

「もう! 嫁ぐ時にメリーお義姉ねえ様は私に何もしなくて良いって仰ったのに!」

「隠す気がもう完全に無いわね」


 年甲斐も無く頬をぷくっと膨らますエレオノーラ。

 とても一男一女を儲けた母とは思えぬ愛らしさだ。


「だってだって、王妃業はしなくて良いって言うから輿入れしたのにぃ」

「ハァ、ちょっと甘やかし過ぎたかしら?」


 エレオノーラは権力にはとんと興味が無く、ただ国王との自由恋愛にふけりたいだけだったのでオルメリアは放置していた。


 天真爛漫で自分を義姉と慕う彼女を猫可愛がりしてしまったのも否定できないが。


「けっきょくエレンの本音は自分が王太后になりたくないだけなのよね」

「それは……なんとも風変わ……いえ、個性的ですね」


 ジャンヌは何と答えて良いか判断に迷う。


 国王の寵愛を一身に受けているエレオノーラなら王妃の座も狙えた。ところが、国王とイチャイチャしたいだけの彼女は最初からそんなものは放棄していた。


 エレオノーラの真意は権力志向の強い令嬢からすれば噴飯ものだろう。


「そんな事を言ったって、私が王妃や王太后には向かないってメリーお義姉様だって分かっているじゃない」

「性格的にはね」


 エレオノーラは面倒臭がりで、とにかく人前に出るのがイヤなのだ。


「だけど自分の子供達にさえ本性を隠しておけるエレンなら能力的には問題ないわ」


 子供にさえ擬態し通すエレオノーラのお陰で子供達は天然に育ってしまった。


「私も騙されていた身ではありますが、さすがに今のままではまずいと思いますが……」

「そうよね! そうよね!」


 ジャンヌの不安にエレオノーラがガッツリ乗ってくる。


「まあねぇ、さすがに演技が上手ってだけでは拙いわよねぇ」

「だったらお義姉様、この件は……」


 パッと顔が明るくなるエレオノーラであったが、テーブルに両肘を突いて組んだ両手の甲に顎を乗せてにっこり笑うオルメリアの表情はどこか黒い。


「だから、エーリックが即位するケースも想定してエレンを再教育しなきゃね」

「え゙っ!?」


 良い笑顔でさらりと恐れていた事を告げられ言われてエレオノーラは凍りついた。


「そ、そこはオーウェン殿下をまず再教育するところでは?」

「もちろんオーウェンの矯正も行います」


 すくっと立ち上がりオルメリアは静々とエレオノーラの背後まで歩み寄る。


「でもね、もしオーウェンから王位継承権を剥奪する事態になったら、それからじゃエレオノーラの教育が間に合わないでしょ?」

「ヒィッ!?」


 背後に立ったオルメリアにガシッと両肩を掴まれエレオノーラは短い悲鳴を上げた。


「ゆ、許してメリーお義姉様。私じゃお義姉様の教育シゴキに耐えられないわ」

「安心してエレン」


 手を回しエレオノーラを後ろから抱きしめるオルメリア。


 それは側から見ればお互い慈しみ合う麗しい義姉妹のように絵になる光景だが、エレオノーラには鎖で雁字搦がんじがらめにされた囚人の心地でしかない。


「どうせエレオノーラは食っちゃ寝ばかりで時間が有り余っているでしょう?」

「ふにゃッ!?」


 耳元に息がかかるくらいオルメリアに口を近づけられ、エレオノーラはおかしな悲鳴を上げた。


「お、お義姉様、近い、近い、近いですぅ!」

「何を恥ずかしがっているのよ」

「だ、だってシキン夫人がいらっしゃいます」


 歳を感じさせぬ可愛らしいエレオノーラと美しいオルメリアの子持ちとは思えぬ二人の艶姿に、ジャンヌは何やら見てはならない背徳的なものいちゃいちゃを目の前にしている気がしてきた。


「あら、二人っきりだったらいいの?」

「えっ!?……あっ、その……お、お義姉様とだったら私……」


 ポッと頬を染めたエレオノーラはモジモジ恥ずかしがる。


「それじゃあ、これから……」

「ごくり」


 期待にエレオノーラが唾を飲み込む。


「私が手づからみっちり教育して……あ・げ・る」

「お義姉様のいけずぅ!!!」

「あら、私と二人はイヤ?」

「い、いえ、お忙しいメリーお義姉様の手を私如きの為に煩わせるわけにはいきませんから」

「時間くらい作るわよ。私とエレンの仲じゃない」


 あわあわするエレオノーラを逃がさぬよう抱き締めながらオルメリアは不敵に笑う。


「どこに出しても恥ずかしくない王太后になれるように頑張りましょうね♡」

「イィヤァアアーーッ!!」


 エレオノーラの悲鳴が庭園を突き抜け場内にまで響き渡ったのだった……

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