第4章 その裁定、本当に必要ですか?
第32話 その第一王子、本当に短絡的じゃないですか?
「……と言うわけで、ケヴィン・セギュルと想いが通じているウェルシェ・グロラッハをエーリックの婿入り先として無理強いするのは王家の横暴と
国王と王妃の他、十数人の大臣が揃う謁見の間でオーウェンは意気揚々と弁舌を繰り広げた。
――今こそ
正義に燃えるオーウェンは意気込んでいた。
二週間程前、彼は息巻いてエーリックの婚約を破談にするよう国王に直談判した。この時、オーウェンは自分の主張が通ると信じて疑わなかったのだが、けんもほろろに突っぱねられてしまい憤慨していたのだ。
アイリスから聞いた話では、ウェルシェはケヴィンを恋い慕っている。ならば、エーリックとの婚約は権力で強いられたに違いない。
(なんと憐れな)
あの触れれば消えてしまいそうな頼りなさげな
(父上は
横恋慕したエーリックが
だから、一方的に自分の意見を封殺されたオーウェンは
これにオーウェンは喜色を浮かべた。
(きっと母上が御正道へと正そうと動かれたに違いない)
そう信じてオーウェンは皆の前で朗々と自説を披露し、エーリックを糾弾したのである。
「今からでも遅くはありません。即刻この縁談を取り止めケヴィンとウェルシェ・グロラッハの婚約をお認めください」
(これで皆が幸せになれる)
オーウェンは自分が正しいと思っているので、当然オルメリアが味方してくれると信じて疑っていない。
この提案が受理されれば自分が選んだ腹心の1人ケヴィンも
「過ちを認めるのは難しいものですが、ここで判断を誤れば禍根を残す事になります」
間違いを正す勇気を示した自分に誰もがきっと尊崇するに違いない。
俺は何と素晴らしい指導者である事か――心の中で自画自賛の止まぬオーウェンは胸を張って主張した。
ところが――
「自省しなければならないのはオーウェン、お前の方です」
「えっ?」
味方と思っていた母オルメリアから真っ先に叱責を受け、オーウェンはあんぐり口を開けて間の抜けた顔を
「お前は何を血迷っているのですか」
「俺……私はいたって冷静ですが?」
オルメリアの冷たい言葉にオーウェンは混乱した。
公の場でありながら『俺』と地が出てしまう程に。
「冷静であるならなお
実の息子へ向けるオルメリアの目は冷たかった。見渡せば謁見の間にいる全員がオーウェンに白い目をめけている。
「ど、どうして?」
「どうして、ですって?」
まったく理解していない息子の様子にオルメリアは深くため息を吐いた。
オルメリアの落胆する様子にオーウェンは狼狽えた。
絶対に賞賛を受けると思っていた。
自分の素晴らしい弁舌に悪事を働く
自分の見識の高さに
オーウェンは己の正義こそが絶対で、自分の意見は必ず通り、皆が尊敬と畏敬の念をもって自分を賞賛するはず。
「わ、私は皆の間違いを
全てはその『はず』だった。
「間違い?」
だが、それら全てはオーウェンの中だけでの『はず』なのである。
「お前はウェルシェに横恋慕したエーリックがエレオノーラに頼んで陛下から王命を出させたと申していましたが――」
「そ、その通りです! グロラッハ嬢に婚約を無理強いするのは非道でありましょう」
「しかも、学園では嫌がる彼女に付き纏っているのです!」
「なるほど、それがお前の中の真実ですか」
だが、オーウェンが言葉を重ねれば重ねるほど王妃の温度は冷えていく。
「このまま無法を許せば取り返しのつかない事態と――」
「お前の言い分は分かりました……次はエーリックの番です」
(どうしてだ……どうして分かってくれないんだ!)
自分が思い描いていた賞賛を浴びる展開にならず、オーウェンはギリッと歯を噛み締めた。
「エーリックに問います」
「はっ!」
今までオーウェンの一方的な誹謗に耐えエーリックは沈黙を守っていたが、王妃の下問に応じて一歩前へと進んだ。
オーウェンが憤怒の形相で睨んできたのでエーリックは一瞬たじろいだが、ぐっと堪えて平静を取り戻した。
この場の振る舞いが彼とウェルシェの婚約に多大な影響を与える。今のエーリックは万の軍勢にたった一人で立ち向かう心境であった。
そんなエーリックの胸中に美しい銀色の少女の姿が浮かんだ。
――エーリック様
それは、自分の名を呼ぶ可愛い婚約者。
(ウェルシェ……必ず君を守る!)
心優しい少年は最愛の恋人との婚約を守る為、勇気を振り絞って審議の場へと赴くのだった……
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