第16話 その側近達、本当に貰ってもいいんですか?
「まったく、エーリック様にも困ったものね」
エーリックの背中を見送って、ウェルシェはため息を吐いた。
「殿下は相変わらずのヘタレっぷりでしたね」
カミラはより辛辣だ。無表情なだけにより冷たく感じる。
「もういっそ婚約解消でもよろしいのでは?」
「それはダメ!」
ウェルシェはピシャリとカミラの提案を退けた。
「おや、情でも移されましたか?」
カミラはにひっと笑った。
主人を食ったこの態度、さすが腹黒令嬢に長年仕えている専属侍女。なかなかイイ性格をしている。
「無いとは思うけどホントに
「それはそうですけど」
主人の恋愛で楽しもうとする良い性格をした侍女はなんか納得がいかない。
「お嬢様の言い分は至極ごもっとも……なんですが、もうちょっと
「私にとって重要なのは、私との結婚をどれだけ高く買ってくれるかって事よ!」
もっとも、カミラを喜ばせるような迂闊な真似はせず淡々と相手をするあたり、ウェルシェにしてもカミラの扱いは心得たものだ。
「エーリック様以上の好条件を提示できる人はいないわ」
「むぅ、政略結婚という意味ではそうですが……お嬢様はもうちょっと恋に恋してもいいと思うのですが」
「なによカミラ。私が学園の令嬢達みたいに色ボケしてケヴィン様みたいな遊び人のアホを当主にしてもいいわけ?」
「まあ、我々使用人にとっても主人は優れた者がいいですけど」
「あんな話を聞かない人はまっぴらごめんだわ……まったく、扱いにくいのはカミラだけで十分よ」
自覚のあるカミラは両手を挙げて降参した。
「さあて、これから忙しくなるわよぉ」
「お嬢様自身も動かれるので?」
「もちろん。カミラも手伝ってね」
カミラは意外そうに目を瞬かせた。
「だって、エーリック様だけにお任せするのは心許ないじゃない?」
「まあ、確かにあの方は少々頼りないですが……ですが、お嬢様の婚約は王妃様の肝入りですからオーウェン殿下が騒いだくらいで覆らないのでは?」
ウェルシェとエーリックの婚約には王家のパワーバランスを取っている王妃の思惑が多分に入っており、とてもではないがオーウェンの
「万が一が起きてしまっては目も当てられないでしょ」
「万が一もないと思いますが」
主人の言い分はどうにも納得しかねる。
「どうせ、また何か悪だくみして楽しもうって魂胆なのでは?」
「な、なんの事かしら?」
図星のようだ。
悪戯好きな可愛い主人にカミラはわざとらしくため息を漏らした。
「それで今回はどうされるおつもりで?」
「なんだかんだと手伝ってくれるカミラは大好きよ」
もっとも、カミラはそんなウェルシェも大好きだから、せっせと彼女の悪巧みのお手伝いするのも常である。
「まずは人手を集めるわ」
「私どもだけでは足りませんか?」
カミラの下には幾人もの優秀な侍女や従僕がいる。彼らの献身がウェルシェの悪戯をいつも支えてくれているのだ。
「今回の件だけなら十分なんだけどね」
ウェルシェの声のトーンが僅かに落ちる。
主人の変化にカミラも居住まいを正した。
「ちょっと外に人材を求めたいのよ」
「なるほど……グロラッハ家の
カミラは瞬時にウェルシェの意向を読み取る。いつも主人を
「お嬢様自身の派閥を形成されるおつもりですか?」
普段じゃれ合っているが、二人は息の合った優秀な主従なのである。
「ええ、来るべき人災に備えてグロラッハ侯爵家の地盤を固めておかないとね」
「人災でございますか?」
さすがのカミラも主人の飛躍した思考についていけず首を傾げた。
「オーウェン殿下が即位されれば必ず国が乱れるわ」
ウェルシェの見通しは暗い。
国王に指名された若き鋭才達を自分の意に添わないと遠ざけ、甘言ばかりの
「なるほど。だから人災と……」
王が統治を誤れば国は大きく傾き、その煽りは臣民に降りかかる。確かにそれは人災と言わざるを得ないだろう。
「本来なら有能な臣下が諫めれば済む話なんだけど……」
オーウェンに諫言しても聞く耳を持たないだろう。
「オーウェン殿下は既に諫言を呈した側近を排除した悪例を作ってしまったわ」
だからと言って、ウェルシェは世を変えられないと嘆くだけの弱腰な少女ではない。
「その将来の有事に備えて今から人材収集するの」
「それは分かりましたが何か有能な人材の当てはあるのですか?」
ふふんっとウェルシェは胸を反らした。
「青田買いをするのよ」
「と言うと学園の生徒ですか?」
「ふふっ、有能なのに主人に理解されず放逐されてフリーになった人達がいるじゃない」
「まさか!」
カミラは目を見開いて驚愕した。
「オーウェン殿下にハブられた元側近の方々ですか!?」
「だって、オーウェン殿下は要らないんでしょ?」
驚くカミラにしてやったりと不敵に笑ったウェルシェは
「それなら私が貰ってもいいんじゃない?」
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