第17話 その元側近、激おこですか?

「オーウェン殿下は何も分かっていない!」

「落ち着けよレーキ」


 青い髪が逆立つのではないかと思えるほど怒り狂う友人を優しげな蜂蜜色のおっとりした少年が宥めた。


 憤慨している青髪の少年はレーキ――ノモ子爵の次男。

 蜂蜜色の少年はジョウジ――シキン伯爵の嫡男である。


 この2人はオーウェンの側近となってから無二の親友となった。もっとも、主人オーウェンの不興を買って二人とも今は遠ざけられているが。


「俺はいい。だが、ジョウジは側近として必要な存在だ」

「おいおい、僕より秀才のレーキの方が必要な人材だろ?」

「はっ、俺なんて所詮は小知を振り回すだけの小狡い男だ。だが、シキン伯爵家とお前は違う」


 レーキは才気溢れる少年で、もともと自分の能力に自信があった。いや、今でも周囲の令息達に負けない自負がある。


「僕は愚直なだけで取り柄はない平凡な男だぞ?」

「愚直も貫き通せばそれは立派に才能だ。むしろ、どんな圧力にも負けずに真っ直ぐでいられるのは非凡だ」

「それはシキン家の先祖のお陰さ」


 シキン伯爵家は『貴族の良心』と呼ばれるほど王家に忠節を尽くし、貴族の矜持と義務に真摯な一族なのである。


 今のシキン伯爵も特段優れた者ではないが、代々己の利を求めず常識的な人柄で王家に仕えてきた忠臣である姿勢を受け継いでいた。


 奇抜な能力も特殊な才能も怜悧な能力もない。

 ただただ王家に対し忠実に誠実に生きている。


 それは大した事のない凡庸な生き方ではあるが、これを貴族の世界で代々これを貫き通しているシキン家は異色なのである。


 普通ならとっくに他の貴族によって食い物にされて断絶していておかしくないはずだ。事実、先々代の頃にシキン伯爵家はお取り潰しの憂き目に会っている。


 ある時、シキン伯爵家を良く思わない派閥に嵌められた事があった。


 冤罪で不正を糾弾されたが、当時のシキン伯爵は「己に恥じる事なし粛々と王の裁可を受ける」とだけ述べ見苦しく言い訳をしなかった。


 さらに「王が下された裁決ならば、それが如何様であろうとも喜んで拝受いたしましょう」とまで言ってのけた。


 つまり、例え冤罪であろうと王の命であるならば怨みはないと言ったのだ。


 その鮮烈なまでの王家への忠誠に当時の国王は感動し徹底的な再調査を命じ、シキン家を陥れた貴族達が逆に没落する結果となった。


 以降、シキン家は誠心と忠誠の代名詞となって今に至る。だから、シキン家の者の言動は下手な高位貴族より重く取られるのだ。


「シキン家の者を側近から外す意味を殿下は全く理解していない」


 シキン家に見限られればオーウェンとて無事では済まない。オーウェンはシキン家が伯爵であると軽んじているように思えてならない。


「まあ、僕に関してはともかく、殿下の周りを固める連中は問題だね」

「残留した者が奸婦に篭絡されたヤツらだけだからな」


 苦言を呈した臣はみな遠ざけられた。


「せめてニルゲ嬢が諌めてくださったら」

「あの方は駄目だ」


 レーキの目は落胆の色に染まる。


「最初は文武両道で下の者の言葉にも耳を傾けてくれる優れた令嬢と思っていたが、ただ八方美人なだけでご自分の商会にしか興味がない」

「一貴族、一商会長としては優れていても王妃になれる人物ではないか」


 イーリヤは学園の出来事にまったく興味を示さず、オーウェンの浮気にも我関せずであった。


「まあ、それでもあの奸婦よりはましだが」

「カオロ嬢が王妃になる事はないでしょう。男爵令嬢だし能力にも性質にも問題があり過ぎます」

「それだけは安心だが……」


 正直に言って甘い言葉しか耳に入れない今のオーウェンが国王になるのは不安でしかない。どう見ても暗君になる未来しか想像できないのだ。


「父の話では今生の陛下は道理の分からぬお方ではないようですので、オーウェン殿下の即位自体が怪しいのではないかな」

「そうなると次代はエーリック殿下となるが……」


 レーキの顔が曇る。


「エーリック殿下は能力的に問題は無いとは思うんだが、どうにも優柔不断と言うか……」

「少し気弱なところはあるかな」

「婚約者のグロラッハ嬢は才色兼備で人気のある令嬢だが……」

「どちらも情味のある人物だけど一国の長にしては頼りない?」


 柔和なエーリックとウェルシェを思い浮かべてレーキは頷いた。


「オーウェン殿下は少々狭量なところもありますが、その覇気はまさに王者の風格……改心していただければ十分に王たる器だとは思うのですが……」

カオロ嬢あの女に骨抜きにされて悪い部分ばかり表に出ている」


 あの奸婦が、とレーキは吐き捨てた。


「古今東西英雄色を好み、女で身を滅ぼすのは歴史を紐解けばよく見られるものです」

「皮肉だな」


 オーウェンにはそれだけに資質ありとの証明かとレーキは苦笑いした。


「なんとか殿下を諭せないものか」

「難しいですね」


 彼らに向けられる視線はお世辞にも好意的とは言い難い。


「我々は殿下の不興を買い、学園では疎外されていますからね」


 オーウェンから遠ざけられ、とばっちりを受けまいと2人に近づく者はいなかった。


「まいったなぁ、ここまで疎外されるとは思いませんでした」

「王家は畏れ敬うものだが、あいつらはたんに権威に恐怖している小者さ」

「ははは、レーキは豪胆だね。誰だって王族は怖いものだよ」


 オーウェンを畏れて二人から距離を取る彼らの気持ちはジョウジにも理解できる。


「ふん! 本当に恐ろしいものが何かを理解できない未熟者どもが」


 このまま手をこまねいていればオーウェンの即位が暗いものになる。レーキにはそれが分かるだけに口惜しくてならない。


「ほとんどの人は将来さき災禍なんを畏れるほど想像力の翼を持っていないものですわ」

「「――ッ!?」」


 突然、会話に入ってきた人物に驚き二人は絶句した。


 その声の主は彼らが話題にしていた人物の一人、ウェルシェ・グロラッハであった……

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