第14話 その第一王子、傍若無人じゃないですか?

「少し頭を冷やせ。ここは他の生徒も集まる学生食堂カフェテラスだぞ」


 周囲では生徒達が事の成り行きをじっと窺っている。オーウェンに指摘されて、さすがに今の状況は拙いと二人は口をつぐんだ。


「二人の主張は分かった」


 だが、今のケヴィンの発言は王家への不満を口にしたも同じである。エーリックは当然オーウェンが自分の側近をたしなめるだろうと考えた。


 ところが――


「エーリック、王家の力を利用して好きな女を物にしようとするのは感心しないぞ」

「は?」


 予想外の非難を受けてエーリックは呆気に取られた。


「貴族の婚姻は政治の絡むものではある。しかし、だからと言って愛し合う者達を引き裂き、婚約を無理強いするのは間違っている」

「兄上、それは本気で仰っているのですか?」


 エーリックは別段オーウェンと対立はしていない。オーウェンの方も今までエーリックに含むところは無かったはずだ。


 それなのに、ケヴィンの王族を軽んじる言動を咎めずエーリックを一方的に悪者にする発言の意図が分からない。


 ケヴィンやオーウェンの言い分ではまるでエーリックが横恋慕して婚約を迫ったみたいだが、エーリックはお見合いの時にウェルシェと初めて出会い一目惚れしたのだ。順序が完全に違う。


 それに――


「グロラッハ侯爵家との婚姻は王妃殿下オルメリア様から提案されたものですよ」


 そう、もともとは正妃オルメリアが自分の息子を無事に即位させる為に、エーリックをグロラッハ侯爵家へ婿入りさせようとしたのが発端なのである。


「母上にも困ったものだ。おおかた仲の良いエレオノーラ殿の頼みを断れなかったのだろう」


 オーウェンの推測にエーリックの顔がみるみる険しくなっていく。


 これまでオルメリアはエレオノーラやエーリックとの良好な関係を築いてきたのに、当の本人への心証が最悪になってしまっている。


 せっかくオーウェンの為に母が苦心して取っていたバランスを実の息子がぶち壊しているのだから目も当てられない。


「お待ちください。いきさつがどうであれ、エーリック様と私の婚約は国王陛下のご裁可によるものですわ」


 口出しはすまいとじっと見守っていたウェルシェだったが、エーリックが孤立無援で理不尽な非難を浴びているのに我慢が出来なくなってしまった。


「王命にも等しい婚約にセギュル様がとやかく申し立てるのは不敬ではございませんの?」

「それはそうだが時として間違いを正す為に諫言するのも必要だろう」


(賢臣、忠臣を退けたお方が良く言う。それに王命に対して国王陛下ではなくエーリック様に言い掛かりをつけるのは諫言ではないでしょう!)


 オーウェンの斜め上な発言に心の中でウェルシェは激しく突っ込んだ。


「愛の為に命を賭して勇気ある発言をするとはケヴィンもなかなかやるな」

「恐れ入ります殿下」


 訳の分からない陶酔劇を見せられ、ウェルシェはぞわわわと鳥肌が立った。


「私はエーリック様をお慕いしておりますし、セギュル様へ想いを寄せている事実はございません!」

「ふっ、王命を畏れて真実を語れない囚われの姫よ」

「安心したまえ、君の心の内はアイリスから聞いている」


 またアイリスだ。


(何の恨みがあって私の邪魔をするの!)


「令嬢の身では言いにくいだろう。俺から婚約を解消するよう父上に進言しておこう」

「兄上、それはあまりに勝手過ぎます!」

「勝手なのはお前だエーリック」

「そうです。親の力を使って私達の仲を引き裂くなど恥ずかしいとは思わないのですか」

「すぐにグロラッハ嬢を解放するんだ」


 ――気持ち悪い


 ウェルシェは全く話が通じないオーウェン達に何とも言えない気味悪さを覚えた。

 ウェルシェは合理主義者ではあるが、世の中に理屈の通らない人間がいるのは理解している。だが、将来この国の王になる者が、その側近達が、これ程まで意思疎通が困難である事に眩暈を感じた。


「父上と母上に憚り本心を明かせぬとは憐れだな。俺から両陛下へ言上しておこう」

「ま、待ってください!」


 好き勝手に自分達の妄想でエーリックを糾弾し、勝手にウェルシェは悲劇の姫に仕立て上げられ、とんでもない捨て台詞と共にオーウェン達は去って行った。


 エーリックとウェルシェの言葉に1ミリも耳を傾ける事なく……


 憐れエーリック――何の落ち度もないのに、何故か責められ婚約者まで奪われようとしているのだった。

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