第12話 その優男、本当に失礼じゃないですか?

「「はあ?」」


 何だそれは?


 ケヴィンの主張があまりに意味不明すぎて理解が追いつかない。ウェルシェもエーリックも思考回路が完全ショートで真っ白だ。


「さあ、私と二人でランチにしよう」


 そんな二人の様子など気にも留めず、ケヴィンは紫水晶アメジストの瞳に微笑を湛えウェルシェを口説きにかかった。


「いい加減にしてくださいまし。今はのエーリック様と会食をしている最中なのです。少しはご遠慮いただけませんの?」


 今まで通りやんわり断っていてはケヴィンには自身の意思が伝わらないと、ウェルシェは婉曲えんきょく表現を避けて棘を含んだ口調ではっきりと拒絶の言葉を口にした。


「ああ、君はエーリック殿下に遠慮しているんだね」


 だが、ケヴィンにはまったく通じていない。


「ケヴィン様の仰っている意味が理解できないのですが……私は頭がおかしくなったのでしょうか?」

「安心してウェルシェ。僕にもさっぱり分からないよ」


 これだけ拒否されていながら、どうしたらそんな発想になれるのだろう。あまりに斜め上過ぎる言動のケヴィンは異次元の生物としか思えない。


「ちゃんと分かっているよ。君は私が好きなんだろ?」


 唖然としてできた隙にケヴィンが突然ウェルシェの手を取った。


「ちょっ!? 勝手に淑女の手を掴まないでくださいまし!」


 恋人でもない女性の手を許可なく触るケヴィンに、何だこの気持ちの悪い男は、とウェルシェの背筋にぞわわわっと寒気が走る。


 理屈の通らない生き物はウェルシェにとって気味が悪い。ケヴィンに対して生理的嫌悪しか沸いてこない。


「僕の婚約者に断りもなく触れないでください!」


 ケヴィンの手を乱暴に払い除け、エーリックはウェルシェを庇うように間に入った。


「権力で想い合う二人を引き裂く野暮な方だ」

「この際だからはっきり申し上げておきます」


 もはやウェルシェの我慢の限界も臨界点突破である。


「私はエーリック様をお慕いしているのであって、ケヴィン様に欠片も想いを抱いた事実はございません」

「ケヴィン先輩、さすがに僕も不愉快です。あまりウェルシェを困らせないでください」


 エーリックはおっとりしているし、学園で猫を被っているウェルシェは深窓の令嬢と目されている。その二人が揃ってここまで不快感を露わにするのは珍しい。


 周囲の生徒達はウェルシェとエーリックの怒気に固唾を飲んで事の成り行きを見守った。


「ああ、なんて事だ!」


 ところが、ケヴィンは大袈裟な身振りで急に嘆き始めたではないか。


「エーリック殿下に無理強いされて好きでもない相手を好きと言わされるなんて!」


 大きな声で右に左に向きながら芝居じみた仕草で叫ぶので、ウェルシェはケヴィンがとうとう狂ったかと眉を顰めた。


「何を仰ってますの。私はエーリック様に強要などされていませんわ」

「いったい何を根拠に僕がウェルシェを脅していると言うのですか!」

「アイリスが言っていた」


 アイリス?

 誰それ??


 ウェルシェとエーリックは一瞬それが誰なのかが分からず二人並んで同時に首を傾げた。


「彼女は言っていた。エーリック殿下は意に添わぬ婚約者で、ウェルシェが本当に愛しているのは私だと」

「まったく事実無根の言い掛かりですわ」

「僕達の関係は上手くいっている」

「見ず知らずの方が良く知りもしないで酷いですわ」


 こんな金にもならない勘違いヤローを好きだなんて思われるのは心外だ。頭も緩そうだし、結婚してこんな無能をグロラッハの当主にしたら領地が秒で崩壊しかねない。


 利と理をこよなく愛するウェルシェにとって1ミリもメリットの無い相手に懸想したと思われるなどとんでもない風評被害だ。


「いったいそのアイリスとはどなたですの?」


 自分を貶めているのは何処のどいつだとウェルシェはお冠だ。


「知らないのかい? 『スリズィエの聖女』で有名だけど……オーウェン殿下の真なる想い人さ」


 ――あのピンク頭か!


 オーウェン殿下の浮気相手、男達を侍らせるバッタもん聖女様――アイリス・カオロである。


「お待ちください。私はアイリス様とは面識がございませんわ」

「そうですよ。そんな令嬢にどうして僕達の仲を疑われなきゃならないんです」

「良く知りもせずに酷いですわ」

「根も葉もない虚言を流布するのはさすがに問題ですよ」


 二人は猛抗議した――が、ケヴィンはまったく聞いていなかった。


「ああ、王家の力でむりやり婚約を結ばされた可哀想な姫君よ、この私がきっと君を真実の愛で救ってみせよう」

「――!?」


 しかも、聞く耳を持たず自己陶酔しているケヴィンの発言はかなり問題があった。


「それは王家への批判ですか!?」

「ケヴィン先輩、それは問題発言ですよ!?」


 まるで王家の取り決めが不当であると言っているようなもので、国への反意とも捉えられかねない内容にウェルシェとエーリックはギョッとした。


「そこで何を騒いでいる!」


 その時、エーリックと同じ金髪でエーリックよりも深い青い瞳の男子生徒が割って入ってきた。


「兄上!?」


 それはエーリックの腹違いの兄であり、この国の第一王子オーウェンであった……

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