第6話(完結)

 ごめん下さいと呼ぶ声に出ていくと、玄関に、上品な絽の着物の見知らぬ婦人が立っていた。

「こちらに箱があると伺ってお邪魔いたしました。どうか、私に譲ってはいただけませんでしょうか」

「箱ですか」

「蚤の市の店主に聞きましたの」

 店主も余計なことを言ったものだ。

「あれは使っているのでお譲りできません」

「下作な申し出で恐縮ですが、お宅様さえよろしければ中身ごと言い値で引き取らせていただきます。いかがですか」

 私は少し思案した。中身ごとという提案は魅力的だ。だが婦人が、三和土の隅の赤い運動靴をちらちらと見ているのでぴんときた。

「お申し出は有難いですが、お譲りすることはありません」

 私は重ねて断った。納戸の中からごとんとくぐもった物音がした。

「なにか音がしましたね」

「きっと猫でしょう」

 私は素知らぬ顔で嘘を吐いた。

「そろそろお引き取りください。お帰りに気をつけて」

 婦人は残念そうに帰っていった。

 私は納戸の戸を開けた。

「悪だくみをしても無駄よ。そこからは出さないわ」

 箱の中から悔しそうにきいっと声がした。私は納戸の戸を閉めた。

 危ないところだった。うかうかと箱を夫人に譲っていたら、きっと少女は野放しになってまた悪さをしただろう。

 気が晴れないまま、私は庭に目をやった。芙蓉の花は盛りを過ぎ、しぼんだ花が醜く地面に散らばっている。夕暮れの赤が薄らぐのを待って、私は庭に水を撒いた。暗くなるとともに、芙蓉も白い庭柵も、薄暮の中に沈んでいった。 <了>

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夏の少女 二二兆 @futafuta_CHO

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