第3話
雨上がりのひどく蒸す夕方、私は汗にまみれ、両手に買い物袋を提げて帰ってきた。
白い柵の戸を開けようと袋の一つを地面に置いたとき、隣家の垣から垂れ下がる朝鮮朝顔の陰に、男が立っているのに気が付いた。帽子に灰色の作業着という服装に見覚えがあった。
「ちょっとあなた」
聞こえなかったのか男は微動だにしない。私はもう一つの買い物袋も地面に置いて、男につかつかと近づいた。
「あなた、以前うちに女の子を連れてきた人ですね」
男はゆっくりと顔を上げた。その顔は茫洋として、どこを見ているのか分からない。言葉を続けようと口を開くと、背後からちりんちりんと自転車のベルが聞こえた。狭い道を自転車が、すごい勢いで走ってくる。自転車が通り抜けたはずみで、柵の横に置いていた買い物袋が倒れ、中身が道に転がり出た。
私は駆け寄って野菜や果物を拾い集めた。買い物袋を手に振り返ると、既に男は姿を消していた。
玄関を入ると、上がり框の真ん中に赤い運動靴が揃えてあった。汗でじっとりと濡れた首筋を不快に思いつつ廊下を進んだ。
少女が、食堂の椅子に座って人形のように手足を投げ出し、うつろな目は天井に向いていた。声をかける気にもなれず流し台で汚れた野菜を洗うと、汚れた部分がぶよぶよと腐っていた。野菜をあきらめて買い物袋から肉や魚を取り出すと、どれも厭な匂いがしていた。私はすべてまとめてゴミ箱に放りこんだ。
少女はうつろに天井を向いたまま、甲高い声で笑った。
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