第2話 守りたいのは、すぐそばの

フォルス様の後ろに続いて歩いてると、重厚感のある扉の前で立ち止まった。小さく息を吐いてから振り向いたフォルス様は僕に同情するような表情をしていた。一瞬、僕から視線を外したが、意を決したように真剣な顔でこちらに向き直った彼は、“あなたにとって酷い言葉だと分かってはいるが敢えて言う“と前置きをしてから言葉を続けた。



「…この扉の先には既に元老院の方々が集まっております。魔王様が突然決められた事で様々な意見が出るでしょう。…どうか、耐えてください。」



つまりフォルス様はフォローしてくださらないらしい。まぁ、魔王の息子であっても魔王様と元老院の前では立場的に高くは無いらしく、フォローは難しいのだろう。そもそも、このヴェルギマギアの身分は種族や力の強さで決まるため、力の弱い者には発言権すら与えられない。そんな耐える他ない僕にとって、かけてくださった言葉は充分過ぎるものだった。

フォルス様の目配せで衛兵がズズズ…と音を立てながら扉を開いていく。



『ひゃはははははは!!!!!』



開かれた扉の向こうから差し込む光の眩しさで目を閉じていると、楽しそうな笑い声が響き渡った。

曇天の魔国の空を見てばかりだった為、予想していなかった光に恐る恐る目を開くと、頭上を数匹のピクシーが自由に飛んでいた。


彼女らは妖精の国の長で元老院の1人、エルフのフィルグニル様の側近だ。ピクシーとエルフはそれぞれ国が違っていたが、人間からは奴隷として、魔族からは薬とされていたため、仲間を守る為に同盟を結びお互いの知恵を元に強力な結界の中に国を築いた種族だ。


妖精の国だけではなく、魔国には複数の国が存在している。それらの代表として、フィルグニル様含め5人で元老院は構成されているのだ。



「おや?これから会談があるというのに…、迷いこんでしまったかな?」



ふくらはぎまで届くほどの長い白藍しらあい色の髪がゆったりと、こちらを向くのに合わせて揺れ、水に溶けて消えてしまいそうな少し高めの声。振り向いた少し幼さが残る青年に目を奪われ惚けていると、左前にいたフォルス様の咳払いで我に帰り、左手を胸に当て頭を下げた。それを横目に見たフォルス様は元老院の方々に目を向けた。



「今日の会談には、この者を魔王陛下の命で参加させる事となりま…」


「ふざけるなよ小僧!」



落ち着いた口調ではっきりと告げるフォルス様の言葉を遮り、獣人特有の唸り声と共に発せられた声がビリビリと空気を震わせた。

声の主は元老院の1人、雷獣のセシリル様。

彼女はドカドカと足音を立てて僕の目の前まで来て睨みつけた。



「こんな人間もどきが魔王城に入るだけでは飽き足らず、こんな所まで来るとは身の程を知らんようだな。…まったく、役立たずの下等種族に構っている暇もないというのに…。」



やれやれと頭を降る彼女。正直、自分の意思など関係なく連れて来られる他に道が無かった僕にとってはどうしようも無いのだ。



これはグレオルという種族の蔑称である。

グレオルは体が傷ついたり、欠損した際に魔力で再生する事ができる。しかし、ただの自然治癒のような再生をするため下等種族と言われている。見た目もエリソポンヌの人間のブロンドの髪と目に似たホワイトブロンドの色。実際、このような扱いの魔国ではなく、エリソポンヌで暮らす者が多いのも人間もどきと言われる要因なのだ。


しかし、彼女の無遠慮な、僕を見下す言葉をぶつけられ、思わず怒りが込み上げてきた僕は感情を抑えるため、気付かれぬよう慎重に細く長く深呼吸をした。



「…やめなされ、セシリル嬢。ここに連れてこられたのは魔王様の命だとぼんも言っておったじゃろ。」



長い顎髭あごひげを撫でながら落ち着いた声色でなだめるように話すのはドワーフのラーガン様。彼もまた元老院の1人だ。

セシリル様は「ふんっ」と鼻を鳴らし、元いた所へくるりと踵を返して背を向けたのをちらりと見ると身体が勝手に足りなかった分の酸素を求めて息を吸ったが、その息はぎこちなく震えていた。



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ようやく気持ちも落ち着いてきた頃、カツカツと歩く音が聞こえ、視線だけを前にやると途中で別れた魔王様が数段ある階段の上を悠々と歩いているのが見えた。

フォルス様や元老院に合わせて礼をすると、下げた目線の先には先程まで楽しそうに舞っていたピクシー達も同じように頭を下げていた。



「ガルスはどうした?」



どかりと玉座に座った魔王様が口を開くと、不機嫌そうな口調に今までの比ではない程に緊張し、少しの安心感を求めて下げていた視線を自分へ寄せた。

実際、5人いるはずの元老院が4人だけしかこの場にいない。

ガルス様とは、オーガという種族の長だ。

国境付近にツェムスルという集落を構えるゴブリンやスライムといった魔物を束ねる役割を担っている。



「ガルス様はエリソポンヌの勇者の対策や、城下町まで逃げてきた魔物達の住居の確保で忙しいということで登城されていません。」



フォルス様がそう伝えると、魔王様はわざとらしく大きなため息を吐いた。



「そうか。…ツェムスルでとれるルムダは格別なのだが…。残念だな、フォルスよ。」



暫くは採取が難しいだろうと、眉根を下げて魔王様は膝の上にひじを立てて声を掛けた。

僕は横に目線を向けると、真っ赤な顔をしたフォルス様が「揶揄からかわないでください」と恥ずかしそうにしている。


ルムダとは木苺を集めてゼリーで包んだような果実が鈴なりにでき、何処でも採れるものだ。



「はははっ!何を恥ずかしがる事がある?フォルスが幼い頃、おいしいおいしいと食べていただろう?」


「父上ぇ!」



これでもかと赤くなった顔で両手を握り、小さくブンブン振っている彼。

その可愛い行動に笑う元老院と魔王様。


微笑ましい御二方の会話に笑ってしまいそうになる僕だが、笑ってもいいのかわからず、でも止められない口角を隠すために取り敢えず下を向いた。








———魔王様はフォルス様が大好き











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魔族勇者〜近くで掃除していたバイトですが勇者に選ばれました〜 るもん @amamoyo

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