魔族勇者〜近くで掃除していたバイトですが勇者に選ばれました〜

るもん

第1話 心配事は割と当たるらしい

——大地から瘴気が這いずるように漂い、日の差すことのない鉛色の空。


ここは魔族や魔物が住まう魔国、ヴェルギマギア。

国の中央には黒を基調とした魔王城がそびえ立ち、上階は霞みがかっている。



悠久の時を経た美しく黒い壁や床に、最近新調した漆黒のカーペット。魔王城2階へと続く、階段の手前に向き合うように並べられた6体のガーゴイルの像。


“ほうき“と“はたき“を手に僕はその金色に輝くガーゴイルの像の前まで歩みを進めると、その内の1体がバキバキと凝り固まった肩を回したような音を出しながら動き出した。



「…久しぶりだな、リエルダ。今日は城内の担当か?…最近は人間が勇者を召喚したとかで色んな奴がピリついてるようだし…」



ふわりと僕の前に降り立ち、心配そうに言葉を濁しながら小首を傾げる彼の名はゲイル。

金色でいかついイメージをしてしまいがちだが、彼は気さくで優しい魔物なのだ。

今日は元老院たちが集まる会談がある。

ヴェルギマギアに隣接した人間国、エリソポンヌで勇者を異界から召喚したらしく、最近は国境近くの魔物達が城下町に溢れるようになった。


『勇者の冒険譚』


何千年も前の実話が綴られたもので、人間だけでなく魔国でも知らない者はいない程の有名な物語だ。

脚色されたものでさえ、どれも大勢の魔物や魔族、魔王様が勇者一行によって殺されるといったもの。



自分や家族も殺されるかもしれないという不安が魔国全体に広がっていた。

そのため、元老院が魔王様に対策をせっついているが、なかなか決まらないのか何度も登城をしている。


ゲイルは、以前僕が城内の掃除をしている時に僕が嘲笑を受けたことを知っているからか心配そうな顔をしていた。

僕はそんな彼に少しでも安心してもらえるよう、笑って見せた。



「ありがとう。僕は大丈夫だよ。バイトリーダーが気を遣ってくれて、謁見の間から離れた魔王様の部屋の前の担当にしてくれたんだ。」



まだ何か言いたげなゲイルだったが、ふるふると小さく頭を振って僕を抱え上げた。所謂いわゆるお姫様抱っこというやつである。


魔王城は2階以上先に階段がなく、最上階まで吹き抜けとなっているため、飛ぶことの出来ない魔族はこうしてガーゴイル達に連れて行ってもらうことになっているのだ。

それにしても何度経験してもこれは慣れそうに無い。あまりの恥ずかしさに顔に熱が集まっているのを感じるし、空を飛ぶことに慣れていないため恐怖から頬がひくついてしまっている。


ふわりと宙に浮いた感覚がしたと思った途端、身体が置いていかれたのでは無いかと思うほどのスピードで目的地の最上階まで送ってくれた。

…さっきまでの心配そうな顔は何処へ行ったのやら。



「おーい。大丈夫か?着いたぞ?」


「(お前の目は節穴か?これが大丈夫なわけないだろう。)…まぁ、あれだな?お陰様で良い気晴らしになったかもなぁ。送ってくれてありがとう。」



あまりの速さに真っ青になっているであろう顔を引きらせ、心の中で毒を吐きながら感謝の言葉を口にした。

嬉しそうに口角を上げ、来る時と同じスピードで元いたところへ飛んでいくのを見送った後、くるりと背中を向けていた魔王様の部屋へと続く廊下へと視線を向けた。




————

———————

あれからどのくらいの時間が経ったのだろう。長い時間掃除していたはずだが、あまりの通路の長さにまだ半分ほど終わった所だった。

かなり集中していたのか、突然身震いどころか息をするのも躊躇ためらわれる程の大きな魔力に気付き、なんとか反射的に通路の端へ行き片膝をつき、胸に手を当て頭を下げた。



「……そろそろ真面目に決めないと、また元老院の方々に言われますよ?」



魔王様の部屋から出てきたのだろう。

次期魔王として息子のフォルスが現魔王、ヴェノス様の側近として一歩下がった所から注意をしていた。

通り過ぎるのかと思いきや、頭を下げたままの僕の前でピタリと歩みを止めた。

何かやらかしてしまったのかと冷や汗をかいていたが、フッと笑う声が聞こえた。



「では、この者を勇者として人間の国、エリソポンヌに向かわせることにしよう。」



驚きのあまりうっかり顔を上げてしまったが、後ろに控え、目を丸くしたフォルス様と目が合い慌てて頭を下げ直した。

こちらの動揺もお構いなしに魔王様は「ついてこい」とだけ言いマントをひるがえし先に進んでいってしまった。

呆然としていると、フォルス様が僕の背をぽんと優しく叩いてくれたおかげで、わけも分からないままだがようやく魔王様の後ろに続いて歩みを進めたのだった。





———これは死と再生を繰り返すグレオルという魔物の物語
















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