Seiren(セイレーン)

@jo_kak

第1話

遠くで雷鳴が聞こえる 

舟はよるべなく彷徨い

行き先をなくした 

霧が立ち込めて 

どこにいるのかさえわからない


やがて 霧がはれて

何も見えない闇のなか

月光か稲妻か

光が差した

聞こえているのか

幻なのか

始めは低く五臓に響き

甘く囁いたと思えば

叫びにも似た歓喜の声が耳を裂く

恐ろしい感覚は高揚に変わり

この世を光が包んだ


水面から白く美しい手が差し出され

男は手の方を覗き込んだ

髪は金糸銀糸のように眩い

瞳は黒い瑪瑙

微笑みはどんな過ちでさえ赦してしまうほど


男は気づいた 

探していたんだ 運命の女を


口づけは眠りの合図 

女の闇い瞳を見つめながら 

濡れた髪に触れる

こんなに恋しいのに 女には届かない 


女に手を伸ばすと 優しく微笑んで 

男の手を取る

女の手練手管

そうやってどのくらいの男たちを

本気にさせたのか


もう一度唇を欲しがり重ねると

絶頂とともに男の意識が遠のいていく

女はゆっくりと男を水面に引き摺りおろし

幕をひくように光が消えた


朝が来て

小舟だけが岸についた

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