仲良きことは美しきかな




 色とりどりの花が咲き乱れる王宮の庭園。その花に負けないくらい、これまた華やかなドレスに身を包んだ令嬢達が楽しそうに茶会に参加している。

 王妃主催の物ではあるが、今日は王太子妃となるカリンのお披露目も兼ねており諸外国からの賓客もいる。

 普段目にすることのない、異国のドレスのデザインにレナの目は釘付けだ。つい、エスコートしている男性の服にも目がいってしまう。

 できるだけ不審に思われないようにしていたつもりであったが、それでもレナの視線に気づく者は出てくる。

 レナよりだいぶ年上の、恰幅のよい男性がにこやかな笑みとともに近づき話しかけてきた。

 曖昧に笑って誤魔化そうとするもひいてはくれない。先に無礼を働いているのは自分であるからして、あまり邪見にもできずレナは内心どんどん焦ってくる。


 だってこのままではマズい。なにがマズいってこうやって見知らぬ男性と話しているのがすこぶるマズいのだ。


 こんな場面を――決して楽しく盛りあがっているわけではないけれど、それでもあの二人にとってはこれだけでマズいことになる。

 今日は人目が多い。ましてや賓客もおり、あげく目の前で話す彼もその一人だ。可能な限り速やかに、二人に見つかる前に逃げ出さなければならないと、最早レナの耳には男性の言葉は一つも入ってこない。


「あの、すみません急用を……」


 思い出したので、と続く言葉は体に走った衝撃で飲み込んでしまった。


「ごめんなさいお姉様」

「一人にさせてしまってすみません。寂しくはなかったですか、レナ」


 俺は寂しかったです、とエリアスはレナの左肩を引き寄せ腕に抱く。


「今からはもう一人にしないわ。一緒にいましょうねお姉様」


 レナの左腕を抱きしめてカリンが女神の笑みを向け、そのままコテンと頭を預けてくる。

 あざと可愛いにもほどがある、と頭ではツッコミをいれるも心は正直だ。己の可愛らしさと美しさを充分に理解しているカリンのその行動に、まんまとレナは胸をときめかせて身悶えるしかない。

 目の前に突然美形が現れて、あげく謎のいちゃつきを見せつけられた男性はぽかんとしたまま固まっている。

 何かしらフォローを入れなければとレナは言葉を探すが、男性が見惚れている美形に両サイドから挟まれているのもレナだ。毎度のこととはいえ慣れるなど無理な話で、レナの思考は照れと羞恥で空回り何一つ言葉は見つからない。


「はじめまして、イーデンからようこそ。今日の茶会は楽しんでいただけていますか?」

「妻の話し相手をしてくださってありがとうございます」

「素敵なお召し物だわ。だからお姉様ったら熱い視線を送っていたのね? お兄様が妬いてしまうのに、もう」

「俺はそこまで狭量ではないよ」

「どの口が言うのかしら。ごめんなさい、お客様相手にお兄様ったら圧が酷いでしょう?」

「ものすごい力でここまで引っ張ってきたのはカリンなのに?」

「だってお姉様の所に少しでも早く戻りたかったんだもの。お兄様だってそうでしょう?」

「それはそうだよ。妻をいつまでも一人で待たせておくわけにはいかないからね」


 両サイドから抱きしめてくる力がさらにこもる。カリンだけでなくエリアスまでもがレナの頭に頬を寄せてくるのだから、レナの羞恥は募る一方だ。


 レナが見知らぬ男と話をしていた。だから嫉妬に駆られてわざとこうして見せつけるようにしている……わけではない。


 全ての憂いを取っ払い、これで正々堂々と家族として・夫婦として主張ができるということで、事あるごとに、いやなくても、この兄妹はレナとの関係性を見せびらかそうとするのだ。特にエリアスはレナを「妻」と紹介できるのが嬉しくて仕方がないらしく、人前に立てば無駄に「妻」と連呼してくる。

 いったいどこに対しての何の主張なのかレナにはさっぱり分からない。

 だが一つだけ分かることはある。それは、こうなった以上レナには止める術がなく、ただひたすら羞恥に耐えるしかないということだ。


「妻――ああ、もしや貴女がレナ・シュナイダーですか! そして妻と仰る貴方はエリアス・シュナイダー伯爵!!」


 合点がいったのか、男性は若干はしゃいだ声をあげる。


「ということは、隣にいらっしゃるのはカリン王太子妃……これはとんだご無礼を」

「まだ婚約者という身分です。どうぞ気楽になさってください」


 全てを魅了しそうなカリンの完璧な笑顔に、男性は見事に嵌る。お美しい、と感極まったように声を漏らし、それに対しては「ほんとそれ」とレナは大きく頷いた。


「いやあ、お噂はかねがね伺っております。こうして直接お会いできて、さらにはお話までできるとは光栄の極みです!」

「まあ、どんな噂かお尋ねしても?」

「それはもちろん! 麗しきシュナイダー兄妹の武勇伝は我が国でも広く伝わっておりますよ。そしてそんなお二方を救い出し、長年支え続けた献身の女神・レナ!」


 ぎゃあ、とレナは叫んだ。心の中で。実際はあまりのことに声すら出せずに身体を振るわせることしかできない。

 男性はそんなレナの様子に気付くことなく、噂に聞いていた人物たちに出会えた喜びで興奮したままさらに追い打ちをかけてきた。


「もちろん、それぞれのご夫婦……ああ、カリン様はまだ婚約中ということですからこの場合はそう、恋人同士と言った方がよろしいですかな? はい、クラウド殿下とカリン様、そしてシュナイダー伯爵夫妻の仲睦まじさも聞いておりますとも!!」

「お兄様ったらお隣の国にまで話が伝わっているそうよ」

「これは参りましたね」


 などと殊勝なことを口にするも、レナから離れるどころかますます抱き寄せるエリアスであるからして、その言葉にどれだけの信憑性があろうか。


「本当に仲がよろしいことで……愛しておられるのですねえ、奥様を」

「はい。俺の最愛の人です」

「カリン様も」

「ええ、それはもう! わたしの自慢の、そして大好きなお姉様です」

「ああ、こうして麗しきご兄妹と、献身の女神であり愛の女神でもあるレナ、あなた方に出会えただなんて……国に帰ったら、すぐに妻と娘に自慢します」


 ただでさえ耳を塞ぎたくなるような恥ずかしい枕詞がさらに増え、レナの意識は半分以上飛んでしまう。

 隣国に自分達の話が広まっているというだけでも走って逃げ出したいくらい恥ずかしい。

 そこにさらに、過分にもほどがある謎の呼称。

 そしてダメ押しとなる現状だ。

 エリアスもカリンもレナの言う事は素直に聞いてくれていたのに、こればかりは聞く耳を持ってくれない。それどころか、二人そろって悲しそうな目をしてレナを見つめるものだから、レナはいつも最後の最後で折れてしまうのだ。


 つまりこれはいつまでたっても兄妹に甘すぎる自分の蒔いた種である。


 え、本当に? これって私が悪いの? とどこか遠くでそうツッコミを入れる自分の声も聞こえるが、意識と共に思考も飛ばしているレナはそのことに気付くことはできなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【書籍化】あの日助けた幼い兄妹が、怒濤の勢いで恩返ししてきます 新高 @ysgrnasi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ