コネタ
ポンコツ夫婦と殿下と妹
待ち望んでいたカリンとの結婚式はもうすぐだ。浮つく心を律するのに思いのほか労力を要する。
自分にもこんな感情があったんだなあと、しみじみとしてしまうクラウドであるが、ここ最近はそんな気持ちを押しのけて気になる事があった。
そう、今も目の前にその光景が広がっている。
「俺が言うのもアレなんだが……いいのか、二人とも?」
え、なにが? と視線を向けてくるのは仲睦まじくお茶とお菓子を楽しんでいた義理の兄夫婦――エリアスとレナだ。
すっかり王妃のお気に入りとなったカリンは、王妃主催の茶会に参加している最中だ。そんなカリンの戻りを三人で待っているわけだが、そんな中クラウドが恐る恐るといった態で問いかける。
「結婚して六年過ぎているにしても、実質二人は新婚みたいなものじゃないか」
「っ……! そ、うです、ね?」
真っ赤になってうろたえつつレナは頷く。エリアスはそんな彼女の反応を見て笑みを深めている。お前どんだけだよ、とか、いくらバレバレだからって少しは隠す努力をしてくれ! 俺が! いたたまれない!! といった突っ込みを必死に飲み込んでクラウドは話を続ける。
「それなのに、ずっとここにいるだろう? たまにはこう……二人っきりで過ごしたいとか思わないのか?」
ここ、とはクラウドがいる王宮であり、それはすなわちカリンもいるという事だ。
「カリンがそう望んでいるからなのは俺も知っている。というか、それこそ二人に頼み込んだのは俺なわけなんだが……」
レナと兄妹の繋がりは血よりも濃い。カリンにとって、レナは親愛と崇拝と執着がぐちゃぐちゃに混ざり合ってそれを煮詰めて固めているようなものだ。
「正直羨ましい」
「殿下?」
思わず心の声が漏れるクラウドに対し、レナは意味が分からず不思議そうに見つめる。エリアスは通じるものがあるからか、王族に対して不敬と言われても仕方がない視線を向けている。
んん、とクラウドはわざとらしく咳払いで誤魔化した。
「二人がカリンを何よりも大切にしているのは分かっている」
それはクラウドにとっても同じだ。一番大切で、全てにおいて最優先すべき存在。
「だがな、それはそれとして、エリアスとレナはもう少し自分達を優先というか……わがままを言ってもいいと思うんだ」
国だ国民だ王族の責務だ、などといったそれらとは別として、クラウドにとって一番はカリンだ。そしてそんなカリンの一番であるレナとエリアスは、そのままクラウドにとっての一番に等しいものとなっている。
「俺は二人にもきちんと幸せになってほしい」
「ええと……私は充分幸せですよ?」
チラリとレナが横を見れば、エリアスも静かに首を縦に動かす。
今一つクラウドの言いたいことが伝わらず、二人の頭上には薄っすらと疑問符が浮かんでいる。クラウドは何と言ったものかと頭を掻き、ややあって大きなため息を吐いた。
「カリンが一緒にいたがるから、二人は新婚なのにろくに家にも帰らずにここにいるだろう? たまには……二人っきりになりたいとか」
「あ、なるほどわかりましたよ殿下! いやだもうはっきり言ってくれたらいいのに。畏れ多くはありますけど、殿下と私達は家族なわけですし。そんな遠慮なんてしないでください」
「あああああやっぱりこうなった! 違う! 違うからなレナ!」
「え? カリンと二人っきりで過ごしたいから私達がいると邪魔ってことでは?」
「違う!!」
「殿下、レナは俺達と違って他人の言葉の裏を読むのが壊滅的に苦手なんですから、はっきり言わないと伝わりませんよ」
「今なんとなく馬鹿にされたのは伝わりましたよエリアス!?」
「俺が貴女を馬鹿にするわけないでしょう。ただ、ひたすら鈍いなあと思うくらいです」
「充分馬鹿にされているんですけど!!」
「俺がどれだけ口説こうとしても全部【家族愛】で片づけていたのは誰でしたっけ?」
「殿下ぁっ!」
「そこで俺に助けを求めるのはやめてくれ。お前もすぐに嫉妬するなエリアス!! どれだけ器が小さいんだ!」
あまりにもぎゃあぎゃあと騒ぎすぎたせいか、扉の外から中を伺う声がかかる。途端、クラウドとレナは口を閉じる。どこ吹く風でエリアスが相手をするのを、二人そろって恨めし気に睨みつけた。
「もう一度言うが、二人がここにいるのを邪魔だと思ったりした事なんてないからな! それだけは勘違いしないでくれ」
クラウドはカリンの笑顔が何よりも好きで、そんなカリンの最大級の笑顔が見られるのはレナとエリアスがいる時だ。
それでなくとも、クラウドにとっても二人は大切な友人であり尊敬すべき人物でもある。
自分だって大人の庇護が必要であったというのに、全身全霊で幼い妹を守っていたエリアス。そして、そんな二人を悪辣な貴族連中の手から守り通したレナ。そんな二人を前にして、敬意を抱くなというのが無理な話だ。
「カリンの幸せが一番だが、それと同じくらい俺は二人にも幸せになってほしいわけで……その、なんだ、ほら、だから……」
「殿下、手短に」
「俺はお前のためを思って言ってるところもあるんだがなぁ!?」
早い話が、カリンが一緒にいたいというあまりにも可愛らしすぎるわがままを言っているので、それを叶えるために新婚夫婦で二人っきりの時間を楽しみたいだろうにそれができていないのではないか。
クラウドはそう言いたかったのだが、微妙に遠回しで伝えてしまった上に「カリンのわがまま」というところだけをレナの耳が拾い上げてしまったのだから、話はクラウドの手の届かない所まで一気に転がり落ちていく。
「なるほどやっと分かりました! 殿下ったらそんなことを心配していたんですね?」
「……なんだろうな、全くこれっぽっちも伝わっていない気がするぞこれ」
「私達がカリンを甘やかしすぎてるから、カリンがわがままになっていくんじゃないかって心配なんでしょう?」
「やっぱり伝わってないんだが!?」
「カリンは可愛らしさと美しさと賢さと優しさを兼ね備えた奇跡の存在ですからね。ええそりゃあもうなんでも言う事をききたくなるし、実際きいてしまうわけじゃないですか」
「レナ。なあレナ、俺の話を聞いてくれないか?」
「そうやってカリンのわがままを叶え続けると、それがどんどん酷くなっていくんじゃないかという心配するのも分かります。でもですね、殿下! そこはうちの可愛くて綺麗で優しくて賢いカリンなんですから安心してください!!」
「カリンについては安心しているんだが、貴女については何一つ安心できそうないな……」
「私もエリアスもカリンに嫌われたくないので、そりゃあカリンのわがままは全部叶えてしまいます。でも、それがカリンにとって良い事になるか悪い事になるか……それはカリン自身が理解しているので、その辺りもバッチリです!!」
「カリンは賢い子ですからね」
今まで黙って話を聞いていたエリアスがここで大きく賛同の意を示す。
一瞬良い話風に聞いてしまいそうになるが、結局のところ、カリンにとって悪い展開になるかもしれないけど、それでも自分達がカリンに嫌われたくないから何でも言う事を聞くという、そんなとんでもない話である。
ある、はずなのに、目の前の光景を見ているとそんな突っ込みすらも入れる気力がなくなってしまい、クラウドはガックリと項垂れた。
カリンのわがままといっても、それは世間一般でいうものと比べたらあまりにもささやかなものである。
そしてその一番の対象となる二人は、大喜びで受け入れている。
問題は全く起きていないわけだし、もし今後万が一、大事に発展しそうな場合は自分が防波堤になればいいだけの話だ。
普段は頼りになる義理の兄姉が、カリンが絡んだ途端ポンコツの極みになってしまう。
レナとエリアスはいつの間にか「カリンの可愛かった話選手権」で盛り上がっている。
俺が適宜突っ込みを入れていくしかないんだなあと、クラウドはもう一度大きく息を吐き出した。
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