第7話




 レナ・シュナイダーの義理の妹。つまりは平民出の王太子妃など論外、との声は上がらなかった。カリンは戸籍上はまだアインツホルン伯爵家の娘であるからだ。

 そして、レナがカリンを養子にしなかった最大の理由がここにある。




 彼らは自らの財を増やす能力は皆無であったが、他人からむしり取る能力は高かった。

 レナがこのくらいまでならまあ、と思える額でしかたかってこない。大金を一気にせしめようとすれば断られるかもしれない。面倒ではあるけれど、金で解決できるのであればそちらが早い、と判断する方向へと話を進める。レナ自身が可能な限り最速でエリアスとカリンをあの家から引き離したいという思いがあったにせよ、彼らのそういった判断はまさに効果的だった。


「ほんっっっっとうに下衆だわ……」


 寄生虫とはまさに彼らの事を言うのだろう。宿主が倒れない程度に、しかし絶対に離れようとはしない。いっそすっぱりと縁を切るためにカリンを養子に、という選択肢もありはしたが、それが叶うまでの時間と、それによる危険の方が高い。

 向こうからすれば、エリアスとカリンはあくまで商品だ。見目麗しい外見を駆使して、倫理観は持たないが暇と金は持て余している人間から金を稼ぐための。その商品の一つをレナが高値で買い取った、というのが彼らの認識だろう。想定以上の高値でエリアスを引き取ってくれたのはありがたいが、エリアスが結婚さえしていなければ、今も定期的に稼ぎに出る事ができて収入があったかもしれない。つまりは結果的には損失だ。


 そんな下衆の極みの思考をしている彼らにとって、カリンはなんとしても手放すわけにはいかない。これ以上金の卵を産む鳥を失ってなるものか。

 だが、そういう目的で外に出すには当時のカリンは幼すぎた。そういった趣味の人間を相手にさせてもいいが、それよりは売れ時まで待った方がより一層高値が付くだろう。

ならば、たいした金にならない子供の時点で、その分まで金を出すという物好きな平民に貸し出しするのが得になる。教育まで受けさせるというのだから手間も省けてこちらも楽だ―― 

 そんな考えがあまりにも明け透けで、レナはこれまでよくキレなかったものだと自分を褒めてやりたい。血の気の多かったあの頃、婚約破棄をされた当時であれば間違いなく殴りかかっていた。しかし、昔も今も、貴族相手にそんな事をすれば平民のレナなど簡単に潰されてしまう。


「ほんっっっっと、ろくなもんじゃないわよね貴族なんて」


 普段はあまり身分差など気にならないが、こんな時は心の底から嫌になる。もちろん、ろくでもない貴族はごく一部でしかなく、大半の貴族はその身分に伴った責任を果たしている事を知ってはいるが。


「そのごく一部、に縁がありすぎじゃない私!?」


 ろくでなしのごく一部、のさらに煮詰まった様な相手と二度も関わっている。いったい自分が何をしたと言うのだろうかと泣きたくなってしまう。

 すっぱりと縁を切るための一番の解決法はレナがカリンを養子にする方法だが、これこそが最大の難関だ。平民同士ならまだしも、貴族と平民、しかも貴族の中でも歴史のある家。エリアスとカリンがあの家でどんな扱いをされていたかなど、当然外に漏れているわけではない。血の繋がりはなくとも両親は健在で、財政難を抱えているがそれを家族総出で対応している。世間一般はそういう認識だ。


 そんな状態で、平民のレナが名門貴族の令嬢を養子にしたいと言った所で相手にされるわけがない。


 仮に、エリアスとカリンの扱いが外に知られ、法的措置を執られるとしてもそれが実行されるまでの期間はどうなるのか。当然調査が先に入るわけだが、その前にカリンを無理矢理どこかの貴族に嫁がせでもしたら? 助けの手が届くまで、カリン一人で貞操を守れるとでも? 大人相手に、子供がどれ程の抵抗ができると思うのか。

 だからレナはひたすら札束で殴り続けたのだ。とにかく迅速に、一秒でも早く安全な場所へ連れ出したい一心で。





 そういった理由により、カリンの結婚相手としてレナにはどうしても譲れない条件が二つある。

 一つは、当然ながらカリンを一番に愛し、誰よりも幸せにできるかどうか。その次に、相手がそれを実行するだけの力を持っているかだ。

 この二つの条件を満たすのは簡単な様で難しい。一つ目は相手の気持ちによるものだが、二つ目はあの屑一家を相手にしなくてはならないからだ。

 財力だけならば、レナと同等あるいはそれ以上の相手を探せば良い。実際、カリンと婚約をしたいと言ってくるレナより格上の商家は多かった。だが、どれだけ財があったとしても、貴族でございアインツホルン家の娘でござい、と権力を振りかざされるとレナ達平民では太刀打ちができないのだ。カリンを娶るために、それまでの事業を手放す者はいないだろう。自分だけでなく、家族やそこで働く従業員を守る責務があるのだから、そこについてはレナは何も言えないし言う気もおきない。

 となると、一番確実なのはやはり貴族の家へ嫁がせる事だ。できるだけ彼らより格上の、どうあっても太刀打ちできない程の元へ。

 だが、それ程の貴族の家へとなるとここでも身分差が障害になる。どれだけ美しく聡明だろうと、平民の身分で高位貴族の元へ嫁ぐのはそれだけで難しくなるだろう。


 だから、レナはカリンを養子としなかったのだ。


 どれだけ下衆で外道で即座に縁切りをしたくとも、アインツホルン伯爵家の名は役に立つ。

「……っていうか、その名前のせいで苦労してるんだもの、せめて最後に一つくらい役立たせろって話よ!」


 カリンはシュナイダー姓を名乗っているが、それは唯一血の繋がった兄と離れたくないというカリンの我が儘を聞いてやっているだけ――というのが、彼らの言い分だ。いずれ嫁に行く時は、アインツホルン伯爵家の娘としてだと、そう吹聴し回っている。

 レナとしてはその辺りはどうでもいい。カリンが、最終的に彼らの手が出せない相手と幸せになってくれるのならば、どちらの姓でどちらの家から嫁に行こうと構わないのだ。

 

 同格の伯爵家……侯爵家、はやっぱり高望みすぎよね爵位が上がればそれだけ責任も重大になるし、そんな苦労をカリンにしてほしいわけじゃないからとにかく! カリンを守る事のできるだけの家に!! お金ならいくらでも出すからーっ!!




 そんな必死の祈りを毎晩捧げていたレナであるからして、カリンの相手としてはこれ以上はない程の存在に涙を流して喜んだ。

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