第4話
アインツホルン伯爵家は当主のマッテオ、妻であるザビーネ、長兄のカトルに次男のエリアス、そして九歳になったばかりの長女カリンという五人家族である。だが、この家族の中で血の繋がりがあるのはザビーネとカトル、そしてエリアスとカリンだ。
んんん? とレナは小さく首を捻る。確かにパッと聞くと関係性が難しい。
「母が八年前に亡くなったんです。カリンは一歳になったばかりで、父はカリンのためにもと義母と再婚しました。義兄のカトルは義母の連れ子です」
エリアスもまだ七歳の頃で、新たに増えた家族を素直に喜んでいた。が、しかし。
「翌年に今度は父が亡くなって……その三ヶ月後に義母が義父と再婚して……今のアインツホルン家になりました」
「それは……なんと言いますか……」
再婚するの早くね? とか、そんな立て続けに? だとか、エリアス様が物凄く顔を歪めて辛そうに話されているのがとてつもなく不穏な気配を感じて怖いんですけど!? と叫びそうになるが、レナはそれらの突っ込みを全力で抑え込む。
「義父と義母にとって可愛いのは義兄だけの様で、僕とカリンは……あ、別に暴力を振るわれているわけではないので、そこは大丈夫です」
「何一つ大丈夫ではないですねエリアス様」
とんだ屑の義理の両親と血の繋がらない兄。可愛がっているのが長男だけとはいえ、アインツホルン家の窮状を考えるならば、やはり未成年のエリアスよりも成人している長男に見合いをさせた方が良いのではないか。どれだけエリアスが優れていても、未成年と言うだけで断る人間は多いだろう。レナだってその一人だ。自由気ままに遊び歩いている、という話なので、中身はともかく見た目はそれほど酷くもないのだろう。
「お前は見た目くらいしか良い所がないから、せめてそれを活用しろと……」
「は?……エリアス様の外見を武器に見合いを成功させろという事ですか? そんな身売りみたいな真似を? 十五歳の子供に?」
「見合いの成功は特に拘ってはいないです。むしろ成功しない方がいいと言うか……可能な限り繰り返すのが望ましいみたいで……」
「資金援助を目的としてのお見合いなのに? それを繰り返す? あの、今回は私に元々その気が無かったですし、あとなによりもエリアス様との年齢差がありましたからご縁が、という話ですが……年の近い方であれば、即成立するくらいエリアス様は素敵ですよ? なのに成功を望まないっていったいどうして……」
何故そんな事に、とレナの脳内は疑問符で埋まる。そんなレナをエリアスは眩い物でも見るように目を細めて見つめ、やがて蕩ける様な笑みを浮かべた。
「ありがとうございます……貴女は本当に素敵な方ですね。こうして話ができて……貴女の様な大人の存在を知れただけで僕はとても嬉しいです」
「待って! ちょっと待ってくださいエリアス様! これ話を終わらせようとしてますよねここまで聞いた上にそんな言い方されてはいそうですかさようなら、なんて出来るわけないでしょうだから待って!!」
レナは必死に考える。相手は金を欲している。その為に見目麗しい少年を差し出した。しかし、そこに成功は求めていない。むしろ繰り返しを望んでいる。
不意に、とある考えが浮かぶ。それはあまりにもおぞましく、レナはそんな考えが浮かぶ自分にドン引きだ。だが、そんなレナの反応でエリアスは察した様だ。いっそ清々しいとでも言わんばかりに微笑んで、空恐ろしい事実を突き付ける。
「見合いという大義名分を掲げて、身体を差し出す代わりに対価として金銭を得るのが目的です」
「あああああああああ怖っ!! 嘘でしょ怖い! 貴族怖すぎなんですけどおおおおおっ!!」
「そんなわけで僕の方が余程の不良債権なんです。でも良かった、貴女にそんな僕を押し付けることにならなくて」
ひいいいいい、とテーブルに突っ伏して悲鳴を上げるレナを前にしてもエリアスは紳士であった。それがまたレナにとっては恐ろしいし、そしてあまりにも彼が辛すぎる。
「貴女の未来が良きものであるよう、心から祈っていますね」
「だから待って……待ってエリアス様……あの……もし、ここでお別れしたとなったら、その後エリアス様はどうな……るんです、か?」
どうなさるんですか、とはもう訊けなかった。義理とはいえ親とも評したくない程の下衆に人生を握られている。彼らはいったいエリアスを今後どうするつもりなのか。
「次の相手が見つかり次第、そちらに行く事になるかと」
それは今度こそ、そういった目的を理解した上で了承する人間の元へ行くかもしれないという話だ。
つまりは身売りが成立してしまう。まだ十五歳の少年が、大人の犠牲になってしまう。
「――駄目でしょ! 駄目! 駄目ですよそんなの絶対に駄目!!」
ダン、とレナはテーブルを叩いて身を起こす。
「子供が馬鹿で屑で下衆な大人の犠牲になるとか絶対に駄目です」
「ありがとうございます」
エリアスは心の底から嬉しそうに笑う。だがそれは、窮状から救ってもらえるかもしれないという喜びではない。端からそんな考えは抱いておらず、ただひたすらに、自分の境遇に対して否を唱えてくれる大人がちゃんといるのだと、その存在が知れただけで嬉しいという、そんなあまりにも些細なものだ。
確かにそうかもしれない、とレナも思う。今の話を聞いただけで、すぐにどうこうできるという話ではないだろう。普通であれば。
「エリアス様」
「僕のことは気にしないでください。話を聞いてもらえただけで僕は」
「妹さんももしかして同じ様なことを目論まれているんですか?」
その問いに初めてエリアスの表情が強張った。それだけでもう答えているのと同じだ。
「……そうならないように、僕が」
「ああああああもうほんっっとうに駄目ええええええ!! 妹さんのためにエリアス様が犠牲になるのなんて駄目です! それに、そんな屑共はどうせあとで妹さんにも同じことをさせるに決まってますし!! 二人揃ってそんな……そんなの絶対駄目です!!」
そんな事はレナに言われずともエリアスだって分かっている。分かっているが、どうしようも出来ないのだ。そんな苛立ちが欠片ではあるがエリアスの瞳の奥に宿る。
「でも大人は誰も助けてくれないじゃないか」
いっそそう責め立ててくれればいいのに、しかしエリアスはそんな文句すら言わない。助けも求めない。それがいかに無駄であるか、彼は短い人生の中で身を以て知ってしまったのだ。
それが決定打となった。レナは椅子が倒れる勢いで立ち上がり、そのままエリアスの元へ向かうとがしっと両肩に手を置いた。
「私と結婚しましょうエリアス様!!」
「え――あ、いえ、ほんとうに僕のことは」
「妹さんも一緒に私と三人で! 結婚してください!!」
「……僕と妹が可哀相だから?」
美しい顔が歪んでいるのは、憐憫はいらないと憤っているからか、それとも甘い期待は抱かせないで欲しいという願いによるものなのか。レナには分からないが、問いに対しての答えは一つしかないのでそこは力強くエリアスへ返す。
「大人の責務だからです!!」
まさかそんな答えがくるとは思いも寄らなかったのか、エリアスはきょとんとしたまま固まる。
少し前からのレナの叫びを聞きつけたのか、それとも単にそろそろ時間になったからなのか。遠くの方から人影が近付いてくる。今回の見合いの仲人であるアネッテ伯爵夫人だ。隣にいるもう一人の夫人はレナの知った相手では無かったが、エリアスがビクリと肩を震わせたのでおそらくは義理の母親、ザビーネなのだろう。
「あらあら、どうしたのレナ?」
「息子がなにか無作法でも?」
やはりそうであった。レナは勢いよく振り返ると挨拶もそこそこにザビーネにエリアスとの結婚の許可を求めた。
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