第3話




「などと、大勢の貴族のいる場で男爵家の子息と伯爵家の令嬢へ罵詈雑言を浴びせかけたという過去がですね……あるんです」


 言ったことは今でも間違っていないとレナは思っている。ただもう少し、なんというか、言葉を選ぶべきだったかもしれない。一応「死ね」だとか「ぶち殺す」などは言わなかっただけマシではあるのだが、それにしたって口が悪かった。


「結局、子供がいるというのはその場限りの嘘だったんでそれについては良かったんですけど」

「……良かったんですか?」

「そりゃあもちろん」

「なぜですか?」

「なぜって……性格の悪い人間って他人のそういう話大好きじゃないですか。そういうクソ……下衆……人間は相手が子供だろうと矛先を向けるでしょう? それが貴族ともなるとより一層、不貞の子だの不義の子だのと好き勝手言うじゃないですか」


 庶民の間ですらそうやって陰口を叩く人間は多い。貴族にとって他人の醜聞は格好の餌食だ。そんな所に生まれた子供が一体どうなるのか考えるだけで胃が痛くなる。


「その子自身にはなんの非もないのにですよ。でも、嘘だったんで、そういう目に遭う子供がいないのが本当に良かったなって」


 その分レナに飛んできたわけであるが。それを察したのかエリアスはその美しい眉をつり上げた。


「あなたこそ何も悪くないじゃないですか!」

「そうなんですけど、なにしろ全力で言い返したものですからこう……言ってしまえばドン引きされましたよね。潮干狩りかな、ってくらい引かれました」


 単純に怯えさせてしまった。それでもレナから離れず、何か困った事があったら力になると言ってくれた令嬢達もいたのはレナにとっては神に等しい。


「両家のご両親もまとも……とても良心的な方々で。庶民のわたしに謝罪だけでなく、その後の補償もしてくださったんです」


 慰謝料として両家から莫大な金額を提示された。ある程度は受け取るつもりであったものの、あまりにも想定外の額すぎてレナは一度断った。しかし、どうかお願いだからと頼み込まれ、最終的に受け取る事になったのだ。


「それを元手に王都へ来たんです」


 どうしたって腫れ物扱いなのがどうにも気まずく、本格的にドレスのデザインを仕事としたいのもありレナは故郷を出た。


「こちらへ来てすぐにアネッテ様にお声がけいただいて、それからずっとお世話になっています」


 実はあの時にアネッテも夜会に参加しており、一部始終を見ていた。その場で泣き出してもおかしくない中、容赦なく相手を罵倒するレナをアネッテは気に入ったのだそうだ。


「私は悪くない、んですけど、でもやっぱりですね……どれだけ猫を被っていてもこういう性格なんだというので中々お相手は見つからず……私自身も面倒だなと思うのもあり……」


 以前ほど聞かなくはなったとはいえ、それでもやはり婚約破棄から始まる一連の騒動は知っている貴族が多い。地方の小都市の話であるのに、王都にまで広まっているのがレナはどうにもいたたまれない。


「幸いアネッテ夫人のおかげで仕事としては成功しているんですが、婚約やそこから先の結婚となるとですね……どうしてもですね……二の足踏まれますよねえ……」


 今ならきっともう少しマシな動きができたと思う。若気の至りって怖い、と自分事ながら笑うしかない。


「そんなわけで、結婚するとなると私とんだ不良債権なんです。ですから、エリアス様に相応しくないんです」


 彼ならばもっとずっと素晴らしい相手と出会えるはずだ。二・三年もすればきっと立派な青年になるだろう。そうすればもう貴族の令嬢どころか、王家の姫君だって虜にしてしまうかもしれない。そういえばこの国の第一王女は今年十三歳だったはずだ。エリアスとも二歳差でお似合いなのではなかろうか。もし今後二人が出会い、結婚となった時には是非とも婚礼用のドレスを自分がデザインできたら……と、レナが勝手な未来図に思いを馳せていると、エリアスが小さな声で呟いた。


「それを言うなら、僕の方が……」

「はい?」

「僕の方が不良債権ですよ」

「エリアス様が?」


 またまたぁ、と笑うレナに「はい」とエリアスは簡潔に答える。


「私よりも、ですか?」

「ええ、貴女よりもよほど僕の方が不良債権です」

「失礼な言い方になりますけど、エリアス様の中身も容姿も家柄も、全て優良でしかないように見えますが……?」

「あなたに褒めていただけたのはとても嬉しいですが……それらが全部、負債でしかないんです。アインツホルン家の財政が厳しいというのはご存知ですか?」


 一瞬迷ったが、レナは小さく頷いた。広大な領地を持ち、かつては公爵家に匹敵するとまで言われていたアインツホルン家の財産であるが、先代辺りから徐々に傾き始め今はさらに加速しているというのは、王都にいる貴族の間では有名な話だ。貴族の家に出入りしているレナが知らない、と言うには広まりすぎている。


「すでに世間に知られているのもお恥ずかしい限りなんですが、実際はそれ以上にひどいものなんです」


 え、と思わず声を漏らしたレナにエリアスは苦笑を浮かべる。


「先祖の財産はとっくに使い潰しています。領地の権利も手放していて」

「えっ!? そんなことって許されるんですか!?」

「許されませんよ。ですから、表面上はまだアインツホルンの領地です。そこからの収入を……債権者に分配しているんです」


 うわあ、とレナは引く。むしろこれを聞いて引かない人間はいないだろう。だが、エリアスの話はこれに止まらない。


「どうしてそんなことに? アインツホルン伯はどうなさっているんですか?」

「父と母……それに兄は、なにも気にしていません」

「気にしてないって! と言うか、エリアス様にはお兄様がいらっしゃるんですか?」

「義理の兄ですが」

「ご結婚はされて?」

「いいえ、来年で二十になりますが今も楽しく遊んでいますよ」

「それならむしろ今日はお兄様の方が適役だったのでは?」


 すでに成人しており、自由に遊んでいられる身分の兄がいるのならば、未成年のエリアスに見合いを押し付ける意味が分からない。


「ものすごくぶっちゃけますけどよろしいですかエリアス様」

「どうぞ」

「今日のお見合いって早い話が商売をより手広くするために家格が欲しい私と、そんな私の少なからず持ってる財産狙いなわけじゃないですか」

「ええ、そうですね」

「なのに、なぜそこで成人されているお兄様ではなく、未成年のエリアス様が……?」


 それとも兄の方は兄の方で見合いをしているのだろうか。しかし、エリアスの口調からしてそうではないとレナは感じた。


「なんと言うか……今のアインツホルン家は少し面倒なことになっているんです」


 そう告げて、エリアスはポツリポツリと語り始めた。


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