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会場内は凄い熱気だった。柚子と芽依は1階スタンドの席だった。周りを見て柚子は圧倒される。会場の外でもそうだったが、会場内も凄かった。まだ始まってもないのにこの熱気。みんな、本当にBRが好きなのだろう。
「凄い……」
「始まる前から凄いでしょ」
にこっと笑う芽依はソワソワしていた。柚子も周りの想いを感じてソワソワしていた。初めてのライブだからドキドキもしている。
パッと会場内の明かりが消えた。それと同時にファンたちの歓声が飛び交う。もちろん、隣にいる芽依もメンバーの名前を叫んでいる。普段見ない姿に柚子は驚いていた。柚子はひとり取り残されたような感覚になる。後ろからも隣からも前からもメンバーの名前を叫ぶ人で埋め尽くされていたから。
ジャーンっ!
大音量で何かのフレーズが響いて柚子は驚きと心臓がバクバク波打つような感覚になっていた。
「な、何ッ……!?」
思わず隣にいる芽依にしがみつく。そんな柚子を見て笑う芽依。
「大丈夫だよー。ほら、メンバー出てきた」
指差した方を見るとメンバーのシルエットが浮かび上がってバンッ!と爆発と共に音楽が鳴り出した。メンバーのシルエットがはっきり分かるようになったら会場にいるファンの歓声が一際大きくなった。ドラムの叩きつける振動が届くようだった。ギターとベースの音も届いている。柚子にはギターもベースも区別はつかないんだけども。
そしてボーカルの歌が響く。その歌の上手さに柚子は驚いた。
「あのボーカルがREIJI。カッコイイでしょ。ギター弾いてるのがTAKA。ベースがAKIRA。でも私はあのドラムのSHINが好きなの」
大音響の中、芽依は柚子にそう説明する。でも周りの音と声が煩くて柚子には芽依の声が届いてない。何か言ってるなーと感じてる。そのくらいの大音響なのだ。
(あ……あの人……)
芽依はボーカルに目を奪われていた。ギター片手に歌うボーカル。どこかで見たような気がした。でもすぐに気のせいだと思った。見たことあるのは当たり前じゃないかと。音楽番組によく出てるじゃないと。でも柚子が感じたことは気のせいではなかった。それに気付くのはまだちょっと先のこと……。
柚子はライブの間中、REIJIに釘付けになっていた。目が離せなくなっていたのだ。
(なんでこんなにも胸がドキドキしてるんだろう……)
柚子はロックバンドを好きになるとは自分でも思っていないのでなんでドキドキしているのか不思議でならなかった。胸の奥から熱いものが込み上げてくるようだった。そして自分でも気付かないうちに涙を流していた。
「……っ!……ず!柚子!」
何度か呼ばれてはっとする。
「大丈夫?」
「……うん」
気付いたらライブは終了していて、ファンは胸に熱いものを受け取りながら会場を後にしていた。
「私たちも帰るよ。はぐれないようにしてね」
入場の時よりも帰る時の方が混雑しているように思えた。柚子は必死に芽依の後を追う。必死に追っていたのだが、ドームを出たところで柚子は芽依とはぐれてしまっていた。
「芽依?」
こんな人混みじゃ芽依を探し出せない。電話したってきっと気付かないし、寧ろこんなところでスマホ出したら落としそうだった。柚子は人混みに紛れて歩くしかなかった。
どこを歩いたのか分からなくなっていた柚子は周りを見渡す。人混みが減り、暗い路地を歩いていたのだった。
「え?どこ?」
慌ててスマホを取り出すが、運悪くなのか何なのか。スマホのバッテリーが切れていた。柚子はひとり心細くなりながらとりあえず駅がある方へ向かっていた。
◇◇◇◇◇
タタタッ……!
走ってくる足音が聞こえてきた。暗闇でそんな音が聞こえたら怖くなるだろう。柚子は思わず走り出していた。走っていたらまたどこにいるのか分からなくなってまた途方に暮れていた。
ドンッ!
俯いて歩いていたからか、柚子は誰かにぶつかってしまった。
「あっ!ごめんなさい……」
ぶつかった人に頭を下げてまた歩き出そうとした柚子の腕を咄嗟にその人は捕まえた。
「待って。ひとりでこんなところ歩いて危ないよ」
男の人の声だった。しかもさっきまで聴いていたあの歌声の人。
柚子は顔を上げてその人を見た。フード付きの半袖パーカーにダメージジーンズを履いてサングラスをかけているその人はやっぱりREIJIだった。
「え……」
柚子は何も言えずに固まっていた。さっきまで夢中になって見ていたあの人が目の前にいる。そのことに驚き動けなくなっていたのだ。
「危ないからこっちおいで。というより、俺はちょっと逃げてんの」
「え?」
「ちょっとの間一緒に逃げて」
茶目っ気のある笑顔を柚子に向けて、柚子の肩を抱いて歩き出す。
「名前は?」
「愛川柚子」
「柚子ちゃんね」
にこっと笑ったREIJIは何から逃げているのだろうと柚子は思わずにはいられなかった。
「柚子ちゃん、どこまで行くの?」
「兄が迎えにきてくれるんですけど」
「じゃそこまで送るよ」
そう言ったREIJIは柚子の肩から手を離すことはしない。
「あの……、手……肩……」
「夜は危険なことがいっぱいだからねぇ」
イヤイヤイヤ。あなたのその行動が危険なのでは?と柚子は心の中で思っていた。初対面の女の子にこんな風に近寄って肩抱いて歩く。これってある意味危険。しかもファンだったらどうするのよ!っと柚子は口には出さずに考えていた。
「俺、打ち上げに引っ張られそうになってて。それで逃げてきたんだよねぇ」
柚子にそう話すREIJIは柚子が何かを考えているのを感じ取っていた。「大丈夫だよ」というように優しい声で話していた。
「普通に飲み屋だったら別にいいんだけどさー、スタッフが女の子がいる店予約しちゃってて、俺、そういう店は苦手なんだよねぇー」
女の子がいる店とはどういう店なのか、奥手な柚子でも分かってしまった。何も答えられずにREIJIに肩を抱かれ夜の街を歩く。普通に歩いているけど、気付かないのか心配になっていた。
「あ、あれじゃない?」
来た時と同じコンビニの駐車場で、兄の車が停まっていてその車に
「じゃまた」
REIJIはパッと肩から手を離すと夜の街に消えていった。その後ろ姿を柚子は見送った。
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