4日目③

 僕は急いで広場の方へ戻る。

宿舎の火事から逃げる為、そちらへ逃げた生徒も多いはずだ。

しかし、その場は更にひどい惨状になっていた。

多くの生徒達が倒れていた。うめいている者、ピクリともしない者、様々だ。

「何があった!?」倒れいてる瀬名さんを介抱する田中の方へ駆け寄る。

田中は真っ青な顔で「鬼久保が…」とつぶやいた。

「鬼久保が生徒達を刺してまわったんだ…!」木村君もこちらへやってきた。

「瀬名さん…?」倒れている彼女を見て心配そうに木村君がのぞき込む。

「多分気を失ってるだけだ。見た感じ致命傷はなさそうだ。」

それを聞き僕と木村君はほっと胸をなで下ろす。

とりあえず火事の方で助けた面々の話をし、広場にいる彼らを助ける為

当りを見回す。東雲達はいない…?

「東雲達は何人かの無事な生徒を連れて森の奥へ逃げたんだ。」

「だったら大丈夫だ、とにかく生きている生徒を探そう…」


 その時だ。広場に招かれざる客が訪れた。

グルグルと喉を鳴らし、ゆっくりと歩いてくる。

僕らを襲ったあの虎だ…

「虎!?」広場は更にパニックになる。

僕と木村君は素早く木々の間に身を隠した。

田中は目の前に倒れている瀬名さんを茂みに押し込み同じく隠れる。

鬼久保にやられた傷で上手く逃げる事の出来ない生徒達が

どんどんと虎の犠牲になっていく。

僕らの隠れている場所のすぐ目の前を虎が走り回り

なんとか逃げようとする生徒達を追いかけ、激しく噛みつく。

木村君が無言で目を背ける。

今僕達の存在がばれたら、僕達も死のフィールドに逆戻りだ。

(いいか、絶対に表には出るなよ…!)僕は小声で2人に注意する。

(言われなくても出れねぇよ…!)足を震わせながら真っ青な顔で田中が答えた。

精一杯存在を消し、それでも何とかチャンスをうかがう。

僕の目の前で男子が1人猛獣に食いちぎられていた。

「助けてくれ…!」

松井君だ。目が合った…気がした。

が、それも一瞬だった。顔からいっぺんに丸かじりされ

吐き出されたそれはもう誰なのか分からないくらいに変形していた。

「うう…」吐きそうなのを抑えて僕はそこにうずくまる。

今ここで声を出したら虎に気付かれる…

自分の身を守るので精一杯だ。こんなんじゃ他の人を助けられないよ…!

そこに突然誰かが倒れ込んできた。

!?

驚いて見るとそこには傷だらけの大河内だった。

(大河内…!?)

まだ息はある…しかし、こいつは主要キャラの1人…

今助けてしまうと、もしかしたら作者に僕達が生きている事がばれてしまう

恐れが…

「鈴木君!大河内君助けなきゃ!」木村君が精一杯声を殺して叫んだ。

恐らく今はこの物語の中間の盛り上がりで、主人公がはじめて身近な仲の良い人間を

無残な殺され方で失い、反撃を決意する…って流れなんじゃないだろうか。

ここで彼の遺体が無ければ、ストーリーが成り立たない。

助けてしまう事で、僕らモブの生存がばれてしまう。

そうすればもう僕らが助かる道はないかも…

「おい鈴木!!どうすんだよ!!見殺しにする気か!?」田中が叫ぶ。


 分かってる。これはもちろん僕らにとっては現実だ。

高橋君と渡辺さんが死んだ時の後悔の念…あんな思いはもうたくさんだ…!!

助けないでどうする?

…しかし物語をクリアしなければ、僕らが死ぬ事もまた現実…

先に助けた5人、洞穴に残る5人、そして今ここにいる僕ら、

判断を誤れば、全員が死へとまっしぐらだ…

…物語を…クリアすれば…


 僕は今目の前で虎に噛まれた松井君の姿を思い出した。

「もう人が死ぬのは嫌だよ…!」木村君が僕を見る。

みんな僕の指示を待っている…

自分が死ぬのは怖い…

でも…いちかばちかだ!!

僕は広場を見回しながら2人に指示を出した。

「虎に気付かれないように、そっと大河内を茂みに隠して…!」

2人はホッとした顔をする。

大河内を隠して再び広場に視線を戻すと、

生きて動く者は全て食らいつくしたのか、

新たな標的を見つけ東雲達を追っていったのか、

虎はいつの間にか広場からいなくなっていた。

誰の声も聞こえない、静まりかえった広場は見るも無惨な状況だった。

倒れた生徒達はほとんどがひどい傷で誰が誰だかよく分からなかった。

手すりから崖下に落ちた生徒も何人かいるようだ。

「うう…ひどい…」木村君がうめく。

無残な惨状に僕も目を背けたかったが、まだやる事があった。

僕はふらふらと広場に出て行った。

「おい、鈴木…!」田中が驚いて僕を静止しようとする。

「物語をクリアする…」僕は田中の手を振り払った。

虎が去ったのを十分に確認してから

僕は松井君の遺体を見下ろした。

フェリーで彼と大河内を見間違えた事を思い出した。

背格好は同じくらいだ…顔は損傷して誰だか分からない。

「うう…ごめんね松井君…」

大河内の派手な赤い靴と松井君の靴を取り替える。

ついでに大河内の眼鏡もそばに置いておいた。

「これで大河内の遺体として処理出来ると思う…!」

松井君の靴は崖近くに置いておけば、崖下に落ちた、と考えてくれるはず…

僕は何度も謝りながら、吐き気を堪えて作業を終えた。

田中と木村君は僕を責める事なく、無言で見守っていてくれた。

落ち着きを取り戻してから、僕は2人に尋ねた。「大河内は…?」

「細かい切り傷や擦り傷があるけど、致命傷はないから大丈夫そうだ。」

田中が大河内の体をざっとチェックする。

「気を失ってるだけか。」木村君もほっと息を吐いた。

「今のうちに、他に助けられそうな人がいないか探そう!」

僕らは周辺を調べた。


 森の中に隠れていたのは男子の村山君と山本君、女子の小林さんと林さん、

擦り傷や打撲はあるものの、命に関わる大きなケガはないようだ。

「大丈夫か!?」

僕らの出現に大層驚いているようだ。

「彼らの遺体もでっちあげないと…」

火事の現場や広場の手すり近くに生きている生徒の所持品を置いて回った。

この広場と、宿舎の火事で、恐らくは上手くごまかせると思う…

どこで死んだかはうやむやに処理されるはずだ…この作者は17流…

主人公チームがどうなったかは分からないが、

あの猛獣が戻ってくる前に這々の体で僕らは広場を去る事にした。

火事場での5人と広場の6人、計11人を救う事が出来た。




* * * *


「おい!あいつらどこに逃げやがった…!?」

鬼久保が広場から俺達を追いかけてきた。

わーわーと暴言を吐きながら俺達を探す鬼久保。

そんな暴言を聞きながら静かに身を隠す。

逃げてきた面々はみんな木の上や崖の上で息を潜めている。

この中に大河内はいない…途中ではぐれてしまったようだ。

まさか鬼久保にやられたりしていないだろうな…

いやな想像が頭をよぎる。

いや、鬼久保をこちらにおびき寄せる事に成功したんだから、

きっと広場の連中は助かっているはず…!

「おい!いるのは分かってるんだ東雲!出てこい!!」

カサリ…崖の上から音がした。

「ははっ!見つけたぞ…!真宮!!後でお前覚えてろよ!!」

いじめられっ子が頭上にいるのを目にし、鬼久保が脅しつける。

「痛い目見たくなかったら、東雲をここに引きずり出せ!!」

鬼久保が騒ぎ立てるのを尻目に、真宮はスマホをいじっていた。

「真宮!聞いてんのか!?」顔を上げた鬼久保。

「…ん?」鬼久保が顔をしかめる。「香水…?」

その時俺達のいる場所にも一瞬ほのかな香りが漂った…気がした。

それを確かめる前に自体は急変した。

鬼久保の背後からガサガサと木々のすれる音がする。

鬼久保が振り返ると、その表情はたちまち恐怖へと変わった。

鬼久保の目の前に怒り狂った虎が現れたのだ。

「は…」声にならない声で鬼久保が後ずさる。

「よく見ろ!お前の獲物はあの上だ!」なんとか俺達に興味を反らせようとするも

虎は鬼久保から目を離さない。

「おい…よせ…よせ~!!!」

鬼久保が虎に襲われるのを、俺達はただ見ている事しか出来なかった。

「いや…」一ノ瀬が俺の胸に顔をうずめる。

片桐は凍り付いた表情で見つめていた。

「君達も…見ない方がいい…」

一緒に逃げてきた泉、崎森、長谷川、女子3人に声をかける。

泉と目が合った。小さくうなずく。

それから真宮の方を見た。

うっすらと口元に笑みが浮かんだような…気がした…その時。

「東雲君。あそこ。」真宮が口を開いた。

「何だ真宮?」真宮は無言で指を差す。

「あそこ、罠がまだ残っているみたいだ。あそこに虎をおびき寄せれば…」

「罠…どこだ?」

「ちょうどほら、あの木と木の間の地面に…」

起動スイッチがキラリと光ったのが見えた。

あの手の罠は下から槍が突き出てくるタイプ…

何度も罠を解除してきてだいたいのパターンは分かってきた。

「分かった…俺が行く。」そう言って下へ降りようとすると、

「待って!危険よ…!」泉が慌てて止めに入ってきた。

「でも…誰かが行かないと、ずっとここにいる訳にもいかない。」

「東雲君が行く必要ないじゃない!片桐君だっているんだし!」

一ノ瀬が無言で座っている片桐を指さす。

「…だったら2人で行くか?」片桐が俺を見て言った。

「お前とだったら上手く行きそうな気がする。」片桐の肩を軽く叩く。

片桐は怖さのせいか、複雑な表情で立ち上がった。

俺は片桐と作戦を練った。1人がおとりになり1人が起動スイッチを押す。

それぞれ視線を合わせ、無言でうなずく。

絶対に上手く行く…!

祈るように2人は崖下へ降りて行った…

 罠を使ってなんとか虎を仕留める事ができた。

俺達はほっと一息つき、広場へ戻る事にした。

鬼久保に刺された連中も、怪我が浅ければ良いんだが…

しかし、広場に戻ってみてその惨状に目を疑った。

ひどい傷を負った生徒達があちこちに倒れていた。

一目で生きていない事が分かった。

これはあの虎が…!?

広場の手すりから見ると、崖下にも何人か落ちたようだ。

虎から逃げる最中に誤って落ちたのかもしれない…

うっそうと茂った木々の隙間から人の手足のようなものが見えるが

何人落ちているかは把握できない。

「嘘だろ…」流石の片桐も言葉がないようだ。

女子は全員目をそらし、泣いている。

1人1人の遺体を見て回っても、もう誰が誰か分からない。

広場のスクリーンにはここにいる俺達以外の名前全員に線が引かれていた。

「大河内…!!!」その中に大河内の名前もあった。

そんな…ふらふらと広場を回って見ると、見覚えのある眼鏡が落ちていた。

硝子が割れ変形した眼鏡…

これは大河内のものだ…

ふと横に目をやると顔が食いちぎられた遺体が。

足下にはあいつの気に入っていた赤いスニーカー…

「大河内…!!」

俺はここに来てはじめて声を上げて泣いた。


 宿舎も焼け落ちて、もう跡形もなかった。

燃えるものがなくなり、火は夜明け頃に鎮火した。

森に火が燃え移らなかったのが不幸中の幸いか…

逃げ遅れた者がいたかどうかも今となっては分からない。

この燃えかすの下を捜索する気力も体力ももう無かった。

宿舎も広場もゆっくり休むには全く適していない。

どこかでゆっくり休みたい…

「場所を移動しましょう。」泉が提案してくれた。

「ああ…」みんな疲れ切った体を無理矢理動かしその場から立ち去った。

この夜、20人の命がいっぺんに失われたんだ…


* * * *

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る