4日目①

* * * * 


「おい真宮、ちょっと面貸せよ。」

朝、教室に入ろうとした所で呼び止められた。

ニヤニヤと鬼久保が近づいてくる。取り巻き連中も後ろに続く。

ああ、またいつものやつだ。周りを囲まれ裏庭に連れて行かれる。

いつだってクラスの連中は見て見ぬ振り。担任である本田ですら…だ。

鬼久保は何をしでかすか分からない。みんな知ってる。

だから全部ボクに押しつけて誰も助けてくれないんだ。


「分かってるんだろ?さっさと出せよ。」

ボクの胸ぐらを掴んで取り巻きの大森が迫る。

後ろで面白そうにボクを見下す鬼久保。

彼らはボクを良い金づるとしか思っていない。

もしくは良い憂さ晴らしだ。

運が良ければお金を渡して解放される。

運が悪ければお金を渡した後に暴力をふるわれる。

そのせいでボクの体はアザだらけだが、全部衣服で隠れる場所だ。

目立つ場所に傷がつかないようこいつらも心得ている。

だから今のボクの状態を家の両親が知る事は無かった。

そもそもがあの人達はボクに関心がない。

お小遣いだって言えばもらえるんだから、義理立てする必要も無い。

今日は鬼久保の機嫌も良さそうだ。さっさと渡して解放されよう。

しかし…

「気に入らねぇなぁ。」鬼久保が言った。

「え…」背筋がひやりとする。

「えらく簡単に渡してくれちゃって。さっさと解放されたいって顔に書いてあるぜ。」鬼久保は指をぱきぼきと鳴らす。

「そ…そんな…」

またいつもの地獄の時間がはじまるのか…

身構えたその時だった。


「何やってるんだ。」鬼久保の背後から声がした。

声のする方を見ると、同じクラスの東雲が立っていた。

「もう授業始まるぞ。」ボクに向かって手招きをする。

「う、うん…」ボクは慌ててその場を離れ東雲の元へ走り寄る。

「おい東雲、どういうつもりだ?」鬼久保が凄む。

「どういうつもりも何も、もう授業が始まるって言いに来ただけだよ。」

ボクを促し教室へと歩き出した。

「東雲ぇ…!」鬼久保は今にも東雲に殴りかかりそうだ。

東雲はくるりと向きを変え鬼久保を見据える。

「やれるもんならやってみろ。」その目は異常に冷たかった。

珍しく鬼久保が怯む。その間にボクは東雲に連れられその場を後にする事が出来た。


「…ありがとう。」ボクは東雲にお礼を言う。

よく考えれば、誰かに助けてもらったのなんて初めてかもしれない。

「たまたま通りがかっただけだから。」よく見ると手にカバンを持っている。

今登校してきたのか…だったら本当にたまたまだったのかな…

教室に到着しドアを開けると、ボクの姿を見つけたクラスメイト達は

そろって顔を背けた。チャイムが鳴り、東雲はボクを置いて教室に入って行く。

ボクと教室の間に見えない壁があるようだった。

胸の奥底に何とも言えないどす黒い感情がなだれ込む。

少しずつ、ゆっくりと、しかし確実にこの黒い感情は蓄積し、広がって行った。

そうして迎えた秋合宿。ボクのこの黒い感情を解放する為の舞台…


 そう、これは復讐だ…

面白おかしくいじめてきたやつらにも

それを見て見ぬふりしてきたやつらにも

目にものを見せるチャンスなんだ…

どうせこれから生きていたって一生同じような日々が続く。

そんなのはまっぴらだ。

だからこの復讐劇を思いついたんだ…

手持ちのありったけの金をつぎ込んだ。

罠を張り巡らせ、虎達を放った。

海にはサメも数匹。逃げ場なんてどこにもない。

この島で恐怖を味わえば良いんだ…

これは復讐だ…復讐なんだ…


* * * * 


4日目の朝。僕は憔悴しきっていた。

情報量が多すぎる…

何度かうつらうつらとした時に見てしまった夢。

夢は全て主人公目線だと思っていた。

しかし先ほどのは何だ?真宮目線?あれはまるで…首謀者?

いじめられっ子である真宮が、鬼久保達や、見て見ぬふりをしていた

クラスメイト全員に復讐をする為仕組んだ…?そんな事って…

だが、そう考えるといろいろと辻褄が合ってくる。

確かに途中、監視カメラは設置されていなかったが、それも真宮が

1班のメンバーと行動を共にしているから見る暇が無い…と言う事か。

いつもスマホをいじっているのは…広場のスクリーンの遠隔操作?

家が金持ちで、無関心にお金だけを与える親、それを利用して金に物を言わせ、

5組が去り、6組が来るまでの間に、この島に様々な罠を施した…

と言う事は虎もサメも買ったのか…?なんというご都合主義…

…この作者は11流…

唐突な犯人の判明は、前日の一ノ瀬非ヒロイン説を霞ませる程には衝撃だった。

しかし、犯人が分かったからと言って、今物語外にいる僕には

特に何も出来ないのも事実…結局はなるべく近寄らない、という事になる。

それの解明は主人公達の仕事なのだから。

「おい、鈴木!起きてるか~!?」乱暴な声で田中が僕を起こしに来る。

言われなくてもずっと起きてるよ。

いじめへの復讐が動機…

僕は、心に重いモヤモヤを抱え無言で起き上がった。


 朝早くから行動するはずが、抱えるものが多すぎてなかなか行動ができなかった。いつもと様子が違う僕に対し、みんなは何も言わなかった。

相当殺気立っていたのかもしれない。

なんとか食事を詰め込んで行動を起こした時には昼過ぎになっていた。

今回は女子に食料調達をお願いし、

僕と田中と木村君でこっそりと広場に向かった。

一ノ瀬非ヒロイン説…そして真宮首謀者説…

話すべきか話さないべきか…いや田中には絶対一ノ瀬さんの事は話してはいけない…

しかも動機はいじめへの復讐…みんなにどう説明するか…

頭の中で同じ事がぐるぐるしている。

「なんか朝から鈴木君の様子が変だね…」木村君が田中に話しかける。

「腹でも痛いんじゃないか~?」くそ、のんきなやつめ…

うんうんと悩みながら歩いている僕に例のごとく突然閃きが舞い降りた。

「む…」突然ルートを外れる僕に田中と木村君は慌てる。

「ちょっと!そっちはまだ安全確認していないよ…!」

「うんこか?」田中、お前は黙っとけ。

「ちょっと…こっちが気になって…」森の中をどんどんと進む。

何かが僕を導いているかのように、足が勝手に動いていく。

随分と進んだ森の奥の方に不自然な盛り上がりがあった。

そこから突き出した手が覗いている。

「ひっ!」木村君が声を上げる。

「おい、これって…」田中が戸惑いながら僕を見た。

突き出した腕は損傷がひどく、かろうじて判別できる服装からは、

クラスメイトではない事は明らかだった。

この服は作業着…と言う事は…

「これは恐らく管理人の南さん…?」

ずっと姿が見えなかった南さん…南さんと真宮はグルではなかったのか…?

この島に罠を張り巡らせるのに邪魔だから殺された…?

「真宮に殺されたんだ…」思わずつぶやく僕の声に2人が反応する。

「なんで真宮なの?」む…しまった…

しかし、真宮首謀者説は話しても問題なかろう。

僕は今朝見た夢の話を2人に聞かせた。

「復讐ってさぁ…やりすぎじゃね?」困惑気味の田中。

そう、確かに僕らは真宮を面と向かって助けることはなかった。

だからってみんなを殺して良い理由にはならないよ…

「ずっと考えてたんだ…僕らが少しでも彼を助けていたら、何か変っていたんだろうかって。」僕は今朝からずっと抱えていたモヤモヤを言葉にして吐き出した。

「それでお前様子がおかしかったのか?」

面と向かっては無理でも、何人かの生徒は先生に報告していた。

僕らだって佐藤さんに連れられて先生の所に行ったことがある。

でも、先生があれじゃあ、どうしようもないじゃないか。

鬼久保に勝てる訳もなく、だったら僕らはどうすれば良かったんだ?

「でもこれって、本当に真宮君がした事かなぁ…?」

木村君が疑問を口にする。

「いじめられた復讐?こんな仕掛けを作って?彼が?」

木村君は僕よりも少しだけ真宮と話す機会が多かったようだ。

「いつもおどおどしてて、こんな事出来るタイプじゃないけどなぁ…」

「あれじゃね?ぶち切れちゃったんじゃね?金持ってるんだったら人を

雇ったとか…」僕の意見も田中に近い。

でも…

「もしかして他にもラスボス側がいるのかも…?」

それはただの想像に過ぎなかったが、なんだかとてもしっくりきてしまった。

ただでさえ閃きまくっている僕の直感だ。バカに出来ない。

この島に潜んでいる誰かがいるのか…それとも生徒の中に裏切り者がいるのか…

「南さんは…どうする?」遺体を視野に入れないように木村君が僕に問う。

恐らくはこの遺体は主人公側が見つけて今後の話の展開に必要な要素のはず。

遺体はそのままに、僕らは元来た道を戻った。


* * * *


「くそっ!」鬼久保はそこにあったゴミ箱を蹴りつけた。

今日もあいつらは自分達だけで食料を占領している。

「鬼久保君、私達だってまだ食料はあるんだから落ち着いて…」

同じ班の山井が宥める。

「そうッスよ、それに後2日我慢すれば迎えがくるんスから…」

大森も機嫌を取ってくる。

「うるせぇ!!」壁を殴りつけて1人外に出る鬼久保。

しかし、猛獣がうろついているという話を思い出し、扉の外で立ち止まった。

「どいつもこいつも気に入らねぇ…」

誰もに恐れられたこの鬼久保様を、あいつらはゴミを見るような目で見やがる…

特に東雲…あいつはいつもオレにたてついて本当に気に入らない。

「あいつら…ぶっ殺してやろうか…」

その時、背後にある扉の向こうで誰かが言った。

「このままあいつらに馬鹿にされっぱなしでいいのかい?」

「誰だ!?」聞いた事があるような、ないようなその声は続けて言った。

「みんなに恐れられた天下の鬼久保様もサバイバルでは腰抜けになるんだな。」

そう言って馬鹿にしたようにケタケタと笑う。

「なんだ…と…?」怒りでわなわなと震える

「気に入らないやつは消せばいいだろう?」

「は?」突然何を言い出すのか。

「それともそんな事怖くてできないか?」そう言って更に笑う。

「てめぇ…一体誰だ!?」勢いよくドアを開けたがすでにそこには誰もいなかった。

よく見ると足下には灯油とライターが落ちていた。

「ふん…おもしれぇ…やってやろうじゃねぇか。」

鬼久保は不適に笑みを浮かべた。


* * * *

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