2日目③

 さて、そんなあほな、と思われるかもしれないが、

今、僕ら3人は快適に過ごしていた。

あの後すぐ住居に使えそうな洞穴を見つけた。

すぐ近くに湧き水も見つけた。早速空きペットボトルに水を貯める。

僕らは代わる代わる水を飲み続けた。

おまけに近くになっていたアケビの実を佐藤さんが取ってきてくれた。

幸いな事に洞穴に移動するまでの間、虎に遭遇する事も、罠を見つける事も、

一度たりとも無かった。ついさっきとはうって変わって大違いだ。

やはりこの物語から離脱すると危険はぐんと遠くなるようだ。


 洞穴の入り口は狭く、中に入るとだだっ広い空間。

日の光が隙間から差し込むので真っ暗というわけでもない。

外から虎が入ってこられそうな隙間も見当たらない。

身を隠すにはとっておきの洞穴だった。

洞穴の中に入り、ようやく緊張の糸が緩んだ。

先ほど佐藤さんが取ってきたアケビの実で食事をする事に。

昨日の夜から丸1日食事をしていなかった僕らは

腹は満たされないものの、久々の食事に生き返る思いだった。


 食事が終わると、僕らは洞穴の中でぐったりと座り込んだ。

「とりあえず、お前が受けた天啓ってのをもう一度詳しく教えてくれ。」

田中が真剣に僕の顔を見た。

「そうよ、いまいち話が見えないもの。」佐藤さんも正座し直す。

「うん…それがね…。」

僕はこのゲームがはじまった時、突然自分に閃きが起こった事。

この出来事は物語なのだと悟った事。

物語だからと言って、僕らにとっては現実である事。

僕達は物語の作者によって、このサバイバルゲームを盛り上げる為

捨て駒にされるモブキャラである事。


 一気にまくし立てたが、2人はまだ納得出来ない顔をしていた。

「それで、なんで死んだ事にしたら離脱できるんだ…?」田中が疑問を投げかける。

「それは直感…としか言いようがないんだけど…」前置きをした上で説明した。

この物語には主人公がいる事。その主人公目線で「死んだ」と認識されたら

物語上では死んだ事になるから、それ以降は恐らく危険が僕らに及ぶ事はない。

(なぜならば、死んだはずの僕達がまた別の遺体で登場すれば

物語としての辻褄が合わなくなってしまうから。)

自分が閃きによって得た「悟り」とそこからの「推測」を全て2人に聞かせた。

「僕が推測する限り、主人公は1班か2班の誰かだと思うんだ。現に僕らの襲われた現場を見に来たのも彼らだったし。」

陰から見ていた、あの時のメンバーを思い出す。が、まだ特定はできない。

「だったら、オレ達はもう安全って事か…?」と田中。

「でも万が一を考えて、しばらくは森を歩く時は慎重になった方が

良いと思うけど…」

「逆にさ、主人公チームと仲良くなったら、そう簡単に死なないんじゃ…?」

と佐藤さん。

「最初のうちはそうかもしれないけど、中盤になったら多分確実に死ぬよ。

ドラマティックに劇的に、もしくは残酷に。その時はもう離脱も出来ない。

だから今のうちに離脱する必要があるんだ。」

「いつになったら家に帰れるの…?」再び佐藤さん。

「恐らく主人公が謎を解いて、黒幕をあぶり出したら…」

「黒幕って何!?」田中と佐藤さんが困惑する。

「あちこちに罠が仕掛けてあって…仕掛けたやつがいるって事なんだから。」

「それは確かに…」

「お決まり展開すぎてちょっと反吐が出ちゃうけどね。何番煎じ?って感じ。

しかも虎とか!?ちょっとぶっとんでるよねこの作者。」

「虎って、日本に生息してたっけ…?」佐藤さんが疑問を呈す。

「野生の虎は日本にはいないはず。この作者は勉強不足なのかな?それとも

密輸入で手に入れたとか言うんだろうか…」僕はストーリー展開を頭に描く。

「密輸入って…!そんな事出来るのかよ!?犯罪だろ!?」田中が憤慨する。

「もちろん犯罪だけど…ここは物語の世界だからね。作者の思い描いた通りに

なるんだ。しかしこの作者はぶっ飛び展開を持ってくるから今後も何が起こるか

予想できない…」この作者は絶対に3流…

「でも正直、虎の登場で鈴木君の言う物語、っていう論に信憑性が持てたわ。」

そう思うと佐藤さんの言う通り、この作者のぶっとび具合にも感謝すべきか…?

「まぁ、死んだふりができるだけ僕らモブにはありがたいんだけど。ある話では

首に生体反応認識装置までつけられて逃げ場が無かったり…」

僕が物語のうんちくを語り始めると田中がまた始まったという顔をした。

何だよ、悪かったな…

「…とにかく、主人公の目線は作者に筒抜け、と考えて問題ないと思う。

なので、極力人目には付かないように行動はよく考えて。」

「だったら、主人公以外の人達とは接触しても大丈夫なのかな…?」

佐藤さんが問うてくる。

「どういう事?」僕が聞き返す。

「他のモブであるみんなはまだ危険な状態って事なんだよね?

できればみんなを助けたいんだけど…」

「そうだよ!一ノ瀬さんは大丈夫なのか?」と田中。

佐藤さんは良い子だなぁ…田中はしゃべるな。

しかし、僕もそれは考えていた。

クラスメイトの大半がまだ物語の中にいるんだ。

先ほどの僕らの死んだ「シーン」を確認しにきていたメンバー以外は

モブである、という判断でも問題ないかもしれない。

「とりあえず一ノ瀬さんは主人公チームだからしばらくは大丈夫だ。

今は他のモブ生徒が一番危険だから、状況を見てできるだけ助けていこう。

もちろん自分達の安全は確保した上で。主人公チームには見つからないように。」

僕が目を合わせると、2人とも大きくうなずいた。


 次にしたのは僕らの持ち物検査だ。心は痛んだが高橋、渡辺両名の荷物も

使えそうなものは使わせて頂く事にした。生き残る為だ。

「あれ?田中こんな立派な双眼鏡持ってきて何見るの…?」

僕は田中のリュックから双眼鏡を取り出して言った。

「いや、これはだな、あの…その…」

なにか言い淀む田中を更に追求すると、彼は小さな声でぼそりとつぶやいた。

「これがあったら、遠くからでも一ノ瀬さんをアップで見られるだろ…」

「げげっ!なにその気持ち悪い理由!」

「なんだと!?だったらもうこれは使わせない!」

「いや、ごめん!拗ねるな、ゴメンって。」

田中の気持ち悪い性癖のおかげで、偵察が非常に楽になりそうだった。

主人公達の動向を確認し、隙あればその他大勢である生徒達を

1人でも多く救うんだ…!

僕は高橋と渡辺さんの最期を思い出し、新たに深く決意した。

「高橋君のリュックにはライターとろうそくが入ってたわ。後包帯も。」

佐藤さんが高橋と渡辺さんが襲われた時に散らばってしまった荷物を

まとめてくれていた。

「高橋君、2日目のレクリエーションの肝試しの実行委員だったから…

きっとその時使う小道具をそのまましまっておいたのよ…」

この生活が数日続くであろう中、火は大変助かるアイテムだ。

とは言っても、たき火などは煙で存在がばれてしまう懸念があるから無理だけど…

万が一怪我人が出れば包帯も役に立つ。渡辺さんは応急セットや

小さな裁縫道具のセットも持ち歩いていた。

「彼女物言いはきつかったけど、こういった所はすごく用意周到だったんだ…」

思い出して佐藤さんが涙ぐむ。

高橋君は肝試し用に懐中電灯まで用意してくれていた。神か。

それぞれ替えの上着やタオル、筆記用具なんかも入っていた。

僕ももっとフレンドリーに接していれば何か変わっていたかもしれない…

助けられなくて本当にごめん…

僕は死んだ事にする為に自分の上着を犠牲にしてしまっていたので

高橋君の替えの上着をしばらく借りる事にした。

日が落ち、夜も更けてきた。気付けば田中も佐藤さんも倒れるように

眠りについた。昨日からずっと緊張の連続だったんだもの…

それに今日は九死に一生を得たんだ…そりゃ疲れるよ…

僕も横になると一瞬で眠りに落ちた。

この島についてようやくゆっくりと気持ちを落ち着けられたんだ。

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