2日目②

 あれは…虎…?日本に…虎…?

渡辺さんは高橋君の隣で腰を抜かしている。

「!!??!!」

僕ら三人は声にならない声で叫んだ。

こちらに気付いた虎はゆっくりと近づいてきた。

じりじりと後ろに後退する僕ら。

熊の場合背中を見せると襲われると何かで見た気がする。

僕はなるべく虎の顔を見ながらゆっくりと後退を続ける…

「あ!」足下に道が無い。後ろは高さはないものの、断崖絶壁。

これ以上下がると海に真っ逆さまだ。

海に逃げるか…それとも木の上…?

その時虎が大声で吠えた。

「きゃ!?」

その声に驚いて佐藤さんがバランスを崩した。

「危ない!」僕は慌てて佐藤さんの腕を掴んだが

二人とも足を踏み外して崖から落ちてしまった。

海に落ちる…!?


どさっ!

落ちた先は少しだけでっぱった地面があった。

なんとか海には落ちずにすんだようだ。

「おい!大丈夫か!?」声のする方向を見ると

いつの間にか田中が木の上に避難していた。

「あいついつの間に…」流石は野球部、運動神経だけは良いな…

そう思ったのもつかの間、

頭上から虎が僕らを見下ろしている。

今いる場所は2人いるのがギリギリの場所。

頭上の虎は降りてこないと僕らに触れる事が出来ない距離。

降りてこない限りは僕らには届かないが…

まさかここまで追いかけてくるのか…?

嫌な汗が背中を伝う…

佐藤さんと僕は緊張して面持ちで虎を見つめ続けた。

僕はつぶらな瞳に思いっきり力を込めて虎を威嚇する。

佐藤さんが僕の服を握りしめた。

そうだ、僕が彼女を守らないと…!

弱みを見せてはだめなんだ…!

「うぉぉぉぉぉ!!!!」僕はありったけの大声で絶叫した。

虎は少し怯んだが、僕らに向かって倍返しのごとく咆哮する。

「いやぁぁぁ!!!」

その声を聞いて、腰を抜かしていた渡辺さんが逃げ出したようだ。

獲物を逃すまいと、虎はそちらへと猛進していった。

渡辺さんの恐ろしい叫び声を聞きながら、

僕らはしばらくそこを動く事が出来なかった。


 木の上の田中が「虎…行ったみたいだぜ。」と僕らに合図して教えてくれた。

自力では上がれないので田中に上から引っ張ってもらう。

まずは佐藤さんを押し上げる。

「鈴木君、変な所触らないでよ…!」

「仕方ないだろ、持ち上がらないだ…!」佐藤さんのお尻を持ち上げながら言う。

こんな時でなければ大変嬉しい状況なのだが…今は味わう余裕がない。

最後に僕が2人に引き上げられ、元の場所に戻る事が出来た。

恐る恐る見に行った現場には2人の無残な亡骸。

虎は僕らを諦めた結果、2つの獲物を十分に堪能したようだ。

「うそだろ…」田中は嗚咽混じりにつぶやいた。

「なんで…」涙声の佐藤さん。

そりゃ、あの2人の自分勝手な様には辟易していたさ…

でもさ、別に死んで欲しいなんて思ってない…

しかもこんなに残忍に…こんな…こんな事って…

「ちくしょう!僕がもっとちゃんと説得できていれば…」

そうだ、これは僕の落ち度だ…!!

恐怖と怒りとやるせなさでふるふると全身が震える。動悸がひどくて息が苦しい。

「鈴木君が言うように、私達みんな殺されちゃうの…!?」

佐藤さんが泣きながら僕を見た…

田中も青い顔で僕を見ている…

ああ…まだこの2人は生きている…

僕は少し気持ちを落ち着けた。

この2人は守らないと…この2人だけは…


 今の状況を整理しよう。

きっとこれは後から遺体を主人公チームが発見し、更に絶望を深める場面だ。

本来であれば生き残った僕らが主人公達に状況を伝えに戻り、

虎がいる事を教えるんだろうが…

そうなると僕らはまた別の方法で作者に殺されるのは目に見えている。

今現在、主人公は我々5班は全員同じように動いていると思っているはず…

だったら…これを利用して…

「田中…佐藤さん…」

「どうしたの?」「何だよ?」

僕らはか弱いモブなんだ。

メインフィールドにいればいずれは必ず死ぬ。

生き残るには一刻も早くこの物語上から離脱する事だ…

「今から僕の言うとおりにしてくれるかい?」


* * * * *


 昨日から人が死にすぎている。

それでも俺達は食料を探す選択をした。

途中に少し罠があったが、難なく解除。

オレ達1班はなんとか犠牲を出さずに食料を突き止める事が出来た。

食料を持って帰ってきたが、8班のうち成功したのは半分の4班。

「でも食べられるかどうか分からないのよね…」不安そうに一ノ瀬が

食料袋をのぞき込む。

恐らく大丈夫だ…と思いたい。

「オレが試しに飲んでみるよ…」片桐が意を決して言った。

「待て…!」俺が止めようとするが、片桐はさっさと飲料水を飲んでしまった。

「片桐…?」息をのんで彼を見つめる。

「………とりあえずは大丈夫そうだが…」片桐がにこりと笑う。

ほっとしたのもつかの間、一つの袋をさっと取り上げる影が。

「これはオレ達3班が苦労して取ってきた食料だ。失敗した奴らは食うに値しない

からな!これはオレ達で頂くぜ!自分の食い分は自分らで確保しな!」

鬼久保だ。3班のメンバーと共にさっさと袋を持って行ってしまった。

「あいつ…!」いつだって自分勝手な行動に本当に腹が立つが…

「…今は争いはやめよう。残りの3つを7班で分けて…」

そこでふと気がついた。5班がまだ帰ってきていない。

「おい、5班はどうした?」俺が聞くと片桐も顔色が変わった。

「遅すぎる…よな…?」

他の班の生徒がそういえばさっき悲鳴のような、叫び声のような声が聞こえた、

と不安を煽る。

まさか、そんな…俺達は顔を見合わせる。流石に5人全員が一気にって事は…

「有り得ないわけじゃない。」話し合った結果、一刻も早く探した方が良い、

という結論に至る。

1班と2班の男子で捜索を開始する事に。

「真宮は…?」俺が訪ねると部屋の隅でスマホをいじる彼を見た。

「あいつは放っておこう。大した戦力にもならない。ここにいる方が安全だよ。」

現場へ急ごうとする俺達に一ノ瀬と泉も加わった。

「私達も行くわ!」

女子を危険な目に合わせたくない…特に彼女は…

説得を試みるも、頑なに付いてくと言って聞かない2人。

今ここで問答している時間も無い。…仕方ない。

俺達は現場へ急いだ。


5班の担当する北西を確認すると、途中まで罠を解除した形跡があった。

「やっぱり道に迷っただけなんじゃ…」

しかし、もうしばらく行った場所に無残に横たわる2人の遺体を発見した。

これは高橋と渡辺…?服装でしか判断できない、見るも無惨な姿に、

あたりに立ちこめる血の臭い。吐き気を催す。

傷の具合から見ると何か猛獣にやられたような…

向こうには切り立った崖から落ちた形跡。

下を見ると切り裂かれたリュックや衣服、見覚えのある髪飾りが海を漂っていた…

「ひどいよ、こんな…!」一ノ瀬が目に涙を浮かべてつぶやく。

「ダメだ、5班は全員やられた…」

「獣に襲われて足を滑らせたんだ…」

「3人とも海に流されてしまったのね…」

「でも獣までいるなんて…」

みんなが口々につぶやく。

猛獣がいるとなると、これまで以上に外での行動には気をつけなければいけない。

「俺達の選択が間違っていたのか…?」

食料を探そうなどと言わなければ、今も彼らは生きていたかもしれないのに…

その時そっと肩にぬくもりを感じた。

「自分を責めないで…私達に選択肢は無かったの…」泉が悲しげに笑った。

俺は静かにうなずき、その場を後にした


* * * * *


 主人公チームは壮絶な現場を目にし、5班全員が死んだと思ったようだ。

悲しげに、悔しげに、何も言わずその場から去って行った。

そんな彼らの様子に少々の罪悪感を抱きつつも…

「やったぞ…!」僕は素直に喜んだ。

あれから僕らは死んだ二人の使えそうな荷物を回収し、

いらない荷物を海へ放り込んだ。

僕の上着に細工して切り刻み、佐藤さんの髪留めも一緒に。

おかげで佐藤さんのトレードマークのちょんまげは無くなってしまった。

即席で死んだ状況を作り上げた訳だがこうも上手く行くとは…

遺体がないから、もしかしたら生きてるかもしれない…!海を探そう…!

なんていう展開も危惧していたが、杞憂に終わったようだ。

なんとか僕らは死んだ事になった。

こうして作者から僕らの存在を消す事が出来たんだ。

ただまぁ、この虎のいる森の中、今後主人公が生きてこの島を出るまで

僕らは存在を隠して生き延びなければならない。

「そんな事できるの…?」不安そうな佐藤さんにひと言声をかけた。

「大丈夫、僕らは死んだんだ。多分恐ろしい事は起きないはずだ。」

そう自分に言い聞かせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る