1日目②

「危ない所だった…僕らじゃ鬼久保には太刀打ちできないよ…」

先ほどのシーンを思い出す。

「東雲君達すごかったね!」佐藤さんは嬉しそうに興奮していた。

「…佐藤さんもああいうのがタイプなの…?」

クラスの女子内でクールでイケメンと評判の東雲、と言う事なので

少々探りを入れてみた。

「東雲君?いやぁ、別に…今は恋愛とか興味ないし…」

うんうん、そうかそうか…って、あれ?それって僕も脈ナシじゃあ…

「まじ、一ノ瀬さん可愛かったなぁ~。」1人話が噛み合わない田中。

「また田中の一ノ瀬さん病が始まった。」僕と佐藤さんは顔を見合わせる。

「なぁ、一ノ瀬さんってやっぱ東雲の事好きなのかなぁ~?」

「誰が見てもそうだろうね。」僕と佐藤さんは頷く。

「やっぱ付き合ってんのかなあの2人~!?」もう何度も聞いたこの話に

うんざりの僕は華麗にスルーする事にした。

「でも東雲君は一ノ瀬さんとちょっと距離取ってるみたいだから

付き合ってはいないんじゃないかな?」佐藤さん、拾わなくて良いから。

「東雲のやつ!一ノ瀬さんの魅力が分からないのか!?」

おいおい、お前はどっちを望んでるんだ。

僕らはそんなバカ話で盛り上がりながら、ドリンク類を買い込み

船着き場へと戻って行った。


「各班長、点呼とって~!」

本田先生が集まって生徒に声をかける。

『全員います!』それぞれの班から声が上がった。

渡辺さんと高橋君も時間ギリギリだがなんとか戻って来たようだ。

「それでは今から船に乗り込みますが、あまり騒がないように…」

僕らは誘導されるままに船に乗り込んだ。

学校の所有する島までは船で3時間ほどかかる。

普段は人がおらず、定期的に南さんが訪れて管理している。

ちょっとやそっとじゃ戻ってこられない。

スマホの電波も届かないし、なんなら他との連絡手段は、管理人の南さんのいる宿舎にある電話1本、それのみだ。

だからこそ自然を満喫し、あえて不便な生活をする中で

日々の暮らしに感謝する事ができる…とかなんとか。

9時に学校を出て現在午後1時前、移動時間を考えると島に着くのは夕暮れ時だ。

丸々1日移動に費やすはめになった。

そこから夕飯の準備を自分達でしないといけないとか…面倒くさいなぁ…

船が出発する。陸はどんどんと遠くへ消えていった。

しばらく僕はぼんやりと風景を眺め、風景に変化が無い事を確認すると、

持ってきた文庫本を取り出した。

「なんだよ鈴木、こんな所まで来て読書かよ。」田中が声をかけてきた。

「文芸部の締め切りがあるからね。次の会誌の原稿用だよ。」

「え~、何々鈴木君、何読んでるの?」

佐藤さんも他の女子との会話を切り上げやってきた。

「こいつ、いろんな本読み漁って文芸部の会誌でボロカスに書くのが好きなんだ。」おい田中、失敬だぞ。

「え、趣味悪…」佐藤さんがどん引く。

そんな事は無視して僕はうんちくを延べ始める。

「僕は主にミステリやサスペンス、デスゲームものを読むんだけどね、なかなかこれといったヒットに出会う事が少なくてね。もちろん面白いものは絶賛するよ?でもね、あと一息って作品も多いんだ。だからこそ、僕はあえて厳しい事を延べ、今後の日本文学を少しでも良くしようと…」

2人は目をあわせて、無言でどこかに去って行った。

「お~い…」そして誰もいなくなった。

…よし、これで静かになった。

島に着くまで僕は1人読書に励む事しよう。


 辺りが騒がしい。人のざわめきで僕は現実に引き戻される。

読み終えた文庫を元に、次の文芸部の会誌の原稿作りに没頭していた僕は

何事かと頭を上げた。

学級委員の大河内の後ろ姿が見えたので声を掛ける。

「ねえ、大河内君、どうかしたの…?」

振り返る大河内…と思ったら、それはいつもぼんやりしている松井君だった。

「何…?」怪訝な顔で僕を見る松井君。

「いや…」顔は全然違うのに雰囲気が似ているせいか間違ってしまったようだ。

そういえば大河内は派手な赤いスニーカーを履いていたような…

足下を見ると履きつぶした白地に黒のラインの薄汚れた靴…

この2人を見分けるには靴をみるべき…

なんて考えていると誰かが僕の腕を引いた。

「鈴木君、もう島に着くよ!」佐藤さんだ。

佐藤さんに気を取られている間に松井君の姿は見えなくなった。

「もうみんな降りる準備をしてるよ!」

佐藤さんに言われ、僕は窓の外を見た。そこには小さな島が見える。

あそこで6日間…いや、今日はもうほぼ終わったも同然だから

実質5日間…いや、最終日はお昼には発つはずだから4日間か…?

などといろいろ考えているうちに他の生徒達はどんどんと船を下りているようだ。

「ほら!鈴木君も早く!」佐藤さんに引っ張って連れて行かれる。

「ああ!待って…!」僕は慌てて文庫本と原稿を片付ける。


 島には小さな船着き場が一つあるだけ。

次にここに船が来るのは最終日、土曜のお昼頃だ。

ぞろぞろと船を下りる生徒達。

「忘れ物はないな~?」全員が降り、先生が最終船内をチェックし終わると、

早々に船は島を去って行った。

秋も深まってきた事もあり、島の木々はうっすらと紅葉がはじまっていた。

木々の匂いが清々しい。案外キャンプも悪くないかも…?

「あの木って栗の木じゃない?あっちは柿!!」佐藤さんが指さす。

さすがは園芸部…と思っていたら「食欲の秋!」とか言ってるので

ただの食いしん坊か…

秋も深まると日が暮れるのも早くなってくる。

夜になればうっすらと肌寒さも感じそうだ。

「各班まとまって点呼を取って~!」本田先生がみんなに呼びかける。

「おかしいな、南さんが迎えに来てくれるはずなんだが…」そうつぶやきつつ

恐らくこの島は初めてではないのであろう本田先生は生徒達を宿舎の方へ誘導する。

2列に並んだ僕達は、緩やかな坂道をゆっくり歩いて行く。

あたりを見回すと木々が生い茂り、森が続いていた。遠くには所々に切り立った崖も目に入る。そんなに大きな島でもないはずだが、僕らが過ごす宿舎以外は

ほとんど人の手が入っていないのかもしれない。案の定本田先生から

「森の方は整備されていないからむやみに入らないように!」とお達しが入る。


「ここが今日から数日お前達が過ごす事になる宿舎だ。」

目の前には掘っ立て小屋のような古い建物が建っていた。

僕らは小さな入り口を順番にくぐる。

平屋建てのそんなに大きくないその建物は、入ってすぐに管理人室、

その隣がトイレとお風呂、次に寝泊まりするであろう大部屋が何部屋があり、

突き当たりに食堂らしき部屋があるようだ。

部屋数は多くないので男子2部屋、女子2部屋の大部屋になる。

僕らは割り振りで決められたそれぞれの部屋に荷物を置き、再度集まる事に。

とりあえずは全員宿舎の食堂に集まる事になった。しかし…


「先生!食料庫が空です!」夕飯の準備の為に食材を集めに行った

学級委員の大河内と崎森さんが焦った声で本田先生の元に駆け寄った。

「何?」慌てて見に行く本田先生と学級委員の二人。

早々に食堂に来てしまった僕と田中も何事かと着いて行った。

「本当だ…」食堂内にある小さな調理場の隣、食料庫と呼ばれたそこは

本当にすっからかんで…

「管理人の南さんも姿が見えない。何かあったのかもしれない。」

後から集まった生徒達にも徐々に不安が伝染する。

あちこちでざわつきはじめた。

「え…どうしたの…?」佐藤さんも不安な顔で近づいてきた。

「なんか食料庫が空なんだとさ。飯食えんのかな…」田中は存外のんきなやつだ。

実際晴天の日は広場の設備を使って飯ごう炊さんを行う予定なのだが、

日も傾き、このままでは外で調理もやり辛くなる。

だったら今日は宿舎で調理か…いや、その前に食材がないとなると

晩ご飯にありつけるのか…?などと考えていると、


ピンポンパンポーン


 外から奇妙な音が聞こえてきた。

何だ…?

島内放送のようなものか?

一瞬ざわめきが止んだ。

続いて声が聞こえてきた。

何か言っているようだが、はっきりと聞こえない。

その声を聞く為、みんな外へ様子を見に行く。

入り口のドアを開けるともう一度アナウンスが鳴った。


『皆様広場にお集まり下さい。繰り返します。皆様広場にお集まり下さい。』


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