1日目③

 繰り返し響く声。声…と言っても男か女かも分からない機械音だけれども。

「南さんか…?」困惑した顔の本田先生だが、腐っても教師、

表に出た生徒達を整列させ引率して全員で声の方向へ向かう。

宿舎から階段を降りたところに小さな広場があった。

船着き場から坂道を登って来ただけあり、そこは崖の上に位置し、

遠くまで海が見渡せる最高のロケーションだった。

夕日に輝く海に目を奪われていたのも束の間、

他の生徒達が不安そうにざわめきだした。

みんなが見る方向へ目をやると、そこには巨大なスクリーンが設置されていた。

なんだこれ?生徒達のレクリエーション用…なのか…?

しかし別のクラスの連中からそんなレクリエーションがあったなんて聞いてないし…

船着き場から宿舎まではこの広場を通らなかったので気付かなかったが

これはずっとここにあるものなのか…?


『時和高校2年6組の皆様、サバイバルゲームへようこそ。』

島内放送の機械音声が新たに声を発した。

広場に設置してあるスピーカーから聞こえてくるらしい。

『皆様にはこれから迎えが来る最終日まで、この島で生き残る為のゲームを

実践して頂きます。』


 何の感情も無い声が響き渡る。

生き残る…?ゲーム…?


『島内の各所に食料や飲料水が隠してあります。

それぞれの班に指示を与えますので、各々ミッションをクリアして下さい。

ただし、途中には様々な罠がはりめぐらされています。命を落とす危険もありますが

生き延びる為、なんとか頑張って下さい。』


 よく分からない事を淡々と読み上げる声に、生徒達は困惑をあらわにする。

「なにこれドッキリ?」

「こういうのいいから。」

「明日の肝試しの余興か~?」

しらけたムードが辺りに漂う。

そうか、これはきっと理事長が言う日々の感謝の為のイベントなんだ…!

食料が当たり前にある日々に気付かせる為、あえて食料を隠したのか…

うんうんと、納得しかけた僕の耳にまた機械音が響く。


『繰り返します。皆様にはこれから迎えが来る最終日までに…』


「何をバカな事を言っているんだ!一体誰の仕業だ?南さんか?

ふざけた事をしていないで早く食料を元の場所に戻して下さい!」

本田先生が怒鳴り声を上げる。

あれ?本田先生が怒ってる…と言う事は予定されていた事ではないのか…?

南さんの勝手な判断なのだろうか?何の為にこんな事…

ドッキリでした~!なんて言われても

残りの1週間気まずくなりそうなものなのに…


 その時の僕ははまだそんな感じだった。

「どこに隠れているんだ!?そこか!?」

本田先生がスクリーンへ向かってずんずんと前へ進み出た時、


ジャキンッ…!


妙な音がした、と思ったら本田先生が変な声を出す。


 みんなが一斉に先生を見る。

不自然な体勢で本田先生は立っていた。

目は驚きで見開いて、時々苦しそうなうめき声が漏れた。

え…?何だ…?

よく見ようと近づくと

土から飛び出た槍のようなものが数本、本田先生の体を突き破っていた。


 !!??

全員が驚いて静まりかえる。

『では健闘を祈る。』

こうして一方的に放送は切れた。


 残された生徒達は恐怖のあまりパニックだ。

その場から逃げようとする生徒達。

当然本田先生のいる場所からより離れた方へと体が動く。

僕はというと、情けない事に怖すぎて動けなかったのだが…

それは佐藤さんや田中も同じだったようだ。

恐怖で3人とも押し黙ったまま視線だけを交わす。

「うわっ!?」

「きゃ!?」

逃げた生徒達の中から叫び声が上がった。

声の上がった方を全員が振り返る。

男子の山口君、女子の伊藤さんがそれぞれ同じように槍に突き刺されていた。

クラス全員が息を飲む。

僕の足は鉛のように重く、地面にしっかりと固定されてしまったようだ。

あたりが騒然とし、更にパニックが誘発されようとしたその時。


「待て!むやみに動くな!罠がはりめぐらされているぞ!!」


 そう叫んだのは学級委員の大河内だった。

恐怖はあるものの、全員死にたくはない。

全員がぴたりと動きを止める。

大河内の声で少し落ち着きを取り戻した僕達は

みな動きを止め、恐怖に顔を歪め、静まり返った。

移動した生徒達はゆっくりと広場中央へ戻ってくる。


「どうすればいいの…?」一ノ瀬さんがつぶやいた。

女子の中には泣いている者もいる。いや、男子も泣いている。

「スマホで助けを呼ぼう!」大河内が自分のスマホを取り出す。

僕も自分のスマホを見た。もちろん圏外。

「確か宿舎に電話があったはずだわ…!」崎森さんが言った。

「みんな、とりあえず宿舎に戻ろう!あそこは安全だ!」

槍に突かれた3人がすでに事切れているのを確認した後、大河内が呼びかけた。

僕らは固まって元来た道を慎重に歩いて戻った。


「電話は通じなかった。」

いったん食堂に集まった僕らに大河内と崎森さんが肩を落として報告した。

「じゃあどうするんだよ!!」誰かの怒号が飛んだ。

「最終日まで放置って事はあるのか…?」東雲が大河内に問う。

「なんとも。一応先生から学校に1日おきに報告をする手はずなんだけど…

学校側が報告が無い事に緊急性を感じてくれるかどうか…」

確かに。電話の故障だろう、くらいに思われていたら助けは来ない。

いやいや、何の為の定期連絡だよおい。

最悪、6日目の昼に迎えが来るまでに、

よく分からない殺人鬼から生き延びなければいけない、という事になる。

「なるべくこの宿舎から出ないようにしましょう。」崎森さんが提案する。

「はんっ、じゃあ食料はどうするんだ?」今まで黙っていた鬼久保が口を挟んだ。

「槍で死ぬか、餓死するかどっちかなら餓死を選ぶってか?」

馬鹿にしたように笑う鬼久保。

「確かに、なんとか水だけでも確保したい所だ。まずはこの宿舎内を手分けして探索する事にしよう、もちろん十分に気をつけて。」大河内がみんなの顔を見回した。

恐怖に静まりかえる面々。

探索…?水の確保…?食料…?餓死…?

突然の急展開に僕の頭は着いていかない。

「こんなの現実じゃないよ…」

誰にも聞こえないように、僕はそっとつぶやいた。

その時…

突如僕の中に何かがひらめいた。

そう、光のようにぱっと、降りてきた、と言った方が正しいか。


 …これは、物語だ…

僕は物語の中の登場人物…

モブ…僕はモブだ…


 その考えが降りてきたと同時に確信してしまった。

なぜかって?そんなのは分からない。

ただ突然に知ってしまっただけだ。

これはデスゲームの物語。

僕はその中のモブ…

と言う事は…


 モブは確実に…死ぬ…!!


 そうだ、あの伊藤さんや山口君のように簡単に捨て駒にされる。

それがデスゲーム内でのモブの運命だ…

どうすればいい?僕はまだ死にたくない。


「おい鈴木、顔が真っ青だぞ。」

田中が僕に声をかける。


「田中…このままだと僕らは死ぬぞ…」

「なに言ってんだよ、宿舎にいれば大丈夫だよ…」

「そうじゃない、僕らは捨て駒だ!!」

そう、サバイバル系ストーリーの基本じゃないか。

モブは無残に死んでいく。

作者は簡単に僕らを殺すんだ。

僕らにだって人生があるというのに…

まず物語の序盤は主人公達にこれが本気のデスゲームだと知らしめる為、

中盤には主人公達に必ず生きて帰ると決意させる為、

ラストはクライマックスとして主人公達を盛り上げる為、

このまま脇役は主人公の為に殺され続ける…


…主人公…?


 そうだ!僕の考えが正しいのなら

必ずこの中に主人公がいるはずだ…!

主人公の近くにいればいるほど、死も共に近くなるはず…

まずは主人公を特定しなければいけない。

僕はあたりを見回す。


 目を閉じる者、泣いている者、不安げに話す者、

探索に向けて話し合いをはじめたそれぞれの生徒をよく観察する。

今までの行動を思い出せ…主人公っぽい行動をした人物は誰か…

みんながパニックになりかけた時、一喝して落ち着きを取り戻した、

委員長の大河内はどうだ…?

もちろん、主人公であるからにはビジュアル面も大事だ。

そうなると東雲、片桐あたりも候補に入るかもしれない…

そうだ、女性が主人公って事だって大いにありうる。

クラスのマドンナ一ノ瀬さん、学級委員の崎森さんなんかも可能性がある…


 確実に僕だけ他のみんなとは違う事に思考を巡らせている。

しかし生き残る為には食料や水よりも、こちらの方が大事な事だ。

とにかく1・2班のメンバーは全員怪しいから

一秒でも早く距離を取るべきだ…

問題は意外性のある人物が主人公であった場合だ…

その場合はまだ判断は下せない…

とにかく確実に主人公で無いのは、

地味友である田中と佐藤さん、これだけは言える。

とり急ぎ二人にだけでも相談したい所だが…

恐らくはすぐには信じてもらえないだろう…

どうする…?


 考えれば考えるほど僕は頭が混乱してきた。

「おい鈴木、顔が真っ青だけど大丈夫か?」

田中が僕に声をかける。

ふと我に返る。

やはりこんな話を突然しても信じてもらえないだろう。

それに主人公達と距離を取るって言ったって、

安全の確認が済むまではここを動く事はできない。

下手に動くと逆に次の犠牲者になってしまう。

まだ序盤、今は様子を見るべきだ。


「ああ、大丈夫だよ…」僕は力なく笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る