1日目①

* * * * *

 校庭にはすでに高校指定のジャージを着て幾人かの生徒達が集まっていた。

「おはよう。」先に集まっていたクラスメイト達に声を掛けながら友人達を探す。

「せっかくの遠出なのになんでジャージで移動なんだよ…」

「せめてものおしゃれで今日はお気に入りのスニーカーをおろしてきたんだ。」

「へぇ、結構攻めてるねぇその赤色!でも合宿で汚れるんじゃね?」

「そう言う事言うなよ~!」

そんな話で盛り上がる彼らを見つけ声を掛ける。

「おはよう!」「おう、遅かったなぁ!」

集合時間までまだ十分時間がある中、俺達は雑談で盛り上がる。

すると一瞬他の生徒達の話し声が止んだ。

なんだ…?振り返ると、ほぼ全ての男子生徒が同じ方向を見ていた。

「今日から1週間よろしくね!」

明るく響き渡る声。クラスの憧れ、一ノ瀬美香だ。

友人の泉透子も一緒だ。

自身に見惚れている男子には目もくれず、

彼女はまっすぐこちらへとやってきた。


 ここは時和高校のグラウンド。我が2年6組のメンバーが続々と集合している。

これから6日間、時和高校恒例の2年の秋合宿が始まるんだ。

クラス別に1週間ずつ、交代で理事の所有する島で集団生活を送る。

これが他校で言う修学旅行の代わりだ。

秋という過ごしやすい気候が選ばれ、9月の第3週からはじまる。

秋…と言っても9月ではまだまだ暑さは消えず、

1組の友人はぐったり疲れた顔で文句を言っていた。

そう思うと10月後半に実施される俺達6組はラッキーなのかも知れない。

ただ、終わった直後に中間テストがはじまる事もあり、

キャンプなんかより普通の修学旅行が良かった…と

生徒達にはすこぶる不評な恒例行事だが、今回は俺に幸運の女神は微笑んだ。

思いがけず彼女と同じ班になれたのだ…

「よろしく。」

俺は一ノ瀬と、そしてその後ろに佇む泉に優しく微笑んだ。


* * * * *


「鈴木君!起きて!着いたよ!」

移動のバスの中でどうやら僕は眠ってしまったようだ。

同じ班の佐藤さんに揺り起こされ、だるい体を持ち上げる。

なんだかおかしな夢を見たような気がするが、あまりよく覚えていない。

眠い目をこすりつつゆっくり思い出すが、考えれば考えるほど記憶は曖昧になる。

ついさっき集まったグラウンドでの出来事だったような…

同じクラスの一ノ瀬さんと泉さんが登場ていたかも?

記憶とは寄せては返す波のごとく、胡散霧散に消えゆくものだ…

次第に消えゆく夢の記憶を留める事は出来なかった。

ぼんやりとしている僕に田中が呼びかける。

「ほらほら、いつまでも寝ぼけてるんじゃねぇぞ!」

そう言って僕の頭をぱしりとはたく。痛いじゃないかオイ。

しかし、おかげで目が覚めた。

止まっているバスの窓から外を眺めると、数時間前と景色は一変していた。

目の前には太陽に照らされ、きらきらと光る海が広がっている。

学校で集合してバスに揺られて2時間半、ようやく目的の船着き場についたようだ。

担任の本田先生が忘れ物が無いよう、生徒達に呼びかける。

途中でトイレ休憩があったものの、ずっとバスに乗り続けて

すでに疲れ切っている僕達はダラダラとバスを降りて行った。

今日はクラスでの修学旅行初日である。


 我が時和高校では、受験前の2年生時に修学旅行が実施される。

修学旅行、というものの、うちの学校では正しくは『秋合宿』と呼ばれている。

いろいろな地方へ旅行するのではなく、行く場所は毎年決まっている。

我が校所有の無人島にクラス全員で6日間泊まり込み、自らで食事を用意し、

風呂を沸かし、洗濯掃除に励む、という事を経験し、何気ない日々の生活に

感謝をする為に初代理事長が提案した恒例行事。

クラス別に秋からの1週間を使って交代でこの島で過ごす。

僕ら2年6組が最後のクラスだ。

我がクラスは全部で40人おり、それぞれ班に分かれて行動する事になっていて、

各5人の構成で8つの班が出来上がった。

僕鈴木広明は5班、じゃんけんで負けたので班長になってしまった。

これから島に向かう為の船に乗るのだが、どうにもうちの班には自分勝手な問題児が2人いるのだった…


 バスを降り、船着き場の待合所でお昼ご飯を頂く事に。

団体が入れるお食事処のような所で僕らは仕出しのお弁当を頂いた。

「13時に船が来るから、それまで班ごとに待機する事。」

担任の本田先生が食事が終わった生徒達に声を掛ける。

僕は弁当に付いてきたデザートのゼリーを食べていた。

「じゃあ、ちょっと飲み物買ってくるから、後で合流しましょうね~!」

渡辺さんと高橋君が笑顔で手を振る。

「あ…!ちょっと!班で行動だよ!!」

僕は慌てて制止しようとするも、振り向きもせず行ってしまった。

「もう…毎度毎度…」

この合宿の班決めをしてからというもの、彼らの勝手な行動に振り回され続け

正直辟易していた。

班ごとに島での過ごし方を組み立てて提出しなければいけないのに、

僕らにまかせっきり、にも関わらず決まった内容には文句を言う。

結局最初からスケジュールは組み立て直し、と言う事になったが、

その事にも文句たらたらだ。


「ごめんね鈴木君…」同じ班の佐藤香菜子が謝る。

「別に佐藤が悪い訳じゃないだろ…」同じく同班で友人の田中信次が慰める。

僕と田中と佐藤さんは出席番号が近いせいか、なにかと3人で行動する事が多い。

僕は文芸部、田中は野球部、佐藤さんは園芸部…と共通点は少ないが

なぜか馬が合うから面白いものだ。

あえての共通点を上げれば、クラスでも目立たない存在、という所か。

田中はスポーツマンだが、格好良さとはほど遠い目つきの悪い坊主頭で万年補欠。

佐藤さんは女子19人の中で言えば上から10番目くらいの可愛いさ…

というのは田中談。おい田中!女子に順位を付けるなんて失礼だぞ…!

と言いつつ、僕の順位はもう少し…というか…非常に高い…

というのは置いておいて。

肩まで伸ばした髪の一部を頭の上で結んでいて、なんだかちょんまげのようだが、

言うと怒るのでそれには触れないようにしている。

そして僕は言わずもがな…地味中の地味…

自慢のストレートヘアもおかっぱと揶揄され、目鼻口はちょんちょんちょんと

付いていると言われた事がある。田中に。おい失礼だぞ…!!

まぁ、とにかくビジュアルもぱっとせず、クラスで目立つ事もなく、

そのせいか、なんとなく一緒にいて居心地がいいのだ。

こういった男女共通での行動ではこの3人で行動する事が多いが、

男女別の時になっても佐藤さんは女子達とも上手に付き合っていた。

同じクラスの森山さんと菊池さんなんかとも仲良くしているから

「あの2人と同じ班でなくて良いの…?」と聞いたら

「あの2人は仲良すぎて、ずっといると疲れちゃうの」という事だった。

浅く広くそれなりに付き合ってるのだから、器用なものだ。

しかし今思えば森山さんと菊池さんを我が班に迎え入れた方が

よっぽど良かったかもしれない…


 今回の修学旅行の班決めは基本的に自由だった。仲の良いメンバーが5人の人達はそのまま班になれたが、僕らのように中途半端な人数だと、他のあぶれたメンバーと手を組まなければいけない。森山さんと菊池さんは仲の良い伊藤さんに誘われ、

早々に4班に加わってしまった。他の班も続々と決まり始めていた中、園芸部で一緒の渡辺さんとその彼氏高橋君を誘ってきたのは佐藤さんだった。

「まぁ…3人で行動した方が楽っちゃ楽なんだけど…」

申し訳なさそうな佐藤さんを励ます為に、僕もとりあえずは取り繕う。

「ほら、ほっといたってすぐ帰ってくるよ。ここからしか船は出ないんだから。」

田中が大げさなくらい明るく言い放った。

「うん…そうだね!」佐藤さんに笑顔が戻る。

「で、君たちはトイレは大丈夫なのかい?」話題をそらす為に僕が2人に尋ねると、佐藤さんが「じゃあどうせなら私も飲み物買いに行こうかな。」と立ち上がる。

休憩時間は残り15分。少しお弁当を食べるのに時間を掛けすぎた。

ようやく食事も終わり、僕らも売店へと歩き出す。

これから1週間、島ではクラスメイトと本田先生、そして学校の用務員を定年退職

した後、島の管理人として再雇用された南さん、以上のメンバーで過ごす事になる。

最初からあまり険悪なムードにはなりたくない。

あの2人の対応には今後も手を焼きそうだが…


「オレもう1回トイレ行っとこうかなぁ…」

「まぁフェリーもそこそこ大きいみたいだし、船の中にもトイレくらい

あるだろうけど。」などと会話をしながら歩いていると、

喫煙所で休んでいる本田先生と目が合ってしまった。

42歳独身の体育教師。日頃のイライラを生徒にぶつけるので有名な嫌な野郎なので

正直この1週間気が重い…

(やば…)僕らは足早にその場を去ろうとしたが、本田先生は僕らを呼び止めた。

「おい、鈴木、ちゃんと5班はまとめられているのか?」

「あ…はい、大丈夫ですよ…」と言いつつも冷や汗が吹き出る。

「本当か?さっき高橋と渡辺が別行動しているのを見たぞ。お前は班長なんだから、もっとしっかりしないと…」

これからお説教モードに入るか?と思われたが、

「ま、時間内にちゃんと船着き場に戻って来るんだぞ。」となぜか目線は違う方を

見て、そそくさとその場を去ってしまった。

急に態度が変わった本田先生に僕は呆気にとられていたが、その原因が分かった。

さっきまで本田先生が見ていた方へ目をやると、とある生徒達の集団がいた。

同じクラスの鬼久保をリーダーとする3班の面々が1人の生徒の周りを囲んでいる。

あれは1班の真宮君だ。


「おい真宮、この荷物持ってくれよ。食い物いっぱい持ってきて重いんだよ。」

「え…」

「代わりにお前の荷物は持ってやるよ。あ、財布めっけ♪」

「いや、それは…」

「お前の家金持ちなんだろ?ちょっとくらい分けてくれてもいいだろ?」

「……」

「お前らにも分けてやるからな~!」

そう言って真宮君を小突きつつ、周りの取り巻きに真宮君の財布から出したお金を

分け与えた。

本田先生はこれに巻き込まれたくなくて去って行ったんだな…

なんて考えながらボーッとしていたら

「あん?なんだ?文句あるのか?このおかっぱ!」鬼久保の取り巻きの大森に睨まれてしまった。

おかっぱは禁句だぞ…!!などとは死んでも口に出せないが。

しかし不満が顔に出ていたようで、更に迫ってくる大森。

「おい…行こうぜ…」田中にジャージのすそを引っ張られた。

真宮君は無言でうなだれていた。

「おいおい無視かよ~?」鬼久保が真宮君の顔をのぞき込む。

そんな彼らをよそ目に僕らはその隣を通り過ぎた。

真宮君、ごめん…

鬼久保は学校内でも悪で有名だし、すぐに頭に血が上って暴力をふるう。

ちょっとでも関われば何をされるか分からない。

弱い僕らにはどうする事も出来なかった。

家がお金持ち、なんて噂があり、大人しい真宮君はいつも

鬼久保達の餌食になっていた。

もちろん、担任である本田先生だってその事を知ってるはずだけど

きっとあいつも鬼久保が怖くて手が出せないんだ…

その時彼らの間に割り込んだ者がいた。

「鬼久保、真宮は僕らの班のメンバーだ。絡むのはやめてくれないか?」

そう言って現れたのはクールでイケメンと(クラスの女子内で)噂の高い東雲。

一緒にいたお調子者で明るいムードメーカーの片桐が鬼久保に言う。

「おうおう、人にたかってんじゃないよこの貧乏人ども!」

「片桐、うるせぇぞお前…」

「東雲君!早く行こうよ…あ、鬼久保君また乱暴してるの?」

クラス一の美人、マドンナの一ノ瀬さんが東雲の腕に絡みつきながら鬼久保を睨む。

「……」流石の鬼久保も一ノ瀬さんにはきつい事は言えないようだ。

無口な女子生徒泉さんも軽蔑した目で鬼久保を見る。

彼らは1班のメンバーだった。

「さ、行こう。」そう言って鬼久保から真宮君の荷物を取り戻し、

東雲達はフェリー乗り場へと戻っていった。

それを忌々しい目で見つめる鬼久保であった…


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