035.廃坑の秘密
鉄と金が取れる鉱山の鉱脈が枯渇したので廃坑にするという連絡が伯爵から届いた。
あの伯爵は現王に忠誠を誓っておらず、他国と通じているともっぱらの噂がある。
だからこそ、宰相たる私が直接、本当に鉱脈が枯渇したのかの確認にきた。
他国に鉄を横流しし、金を売って資金を貯めている懸念がある以上、視察は当然だ。
そっと鉱山の入り口に近付くと、そこには見張りがいた。
廃坑にわざわざ見張りを置くなど、怪しいですと宣伝しているようなものだ。
だが、見張りがいることも想定内だ。
風に乗せて痺れ薬を撒くと、自分は解毒薬を口に含みつつ入り口へと向かった。
見張りが全員倒れていることを確認し、周囲を見回しつつ坑道へと足を踏み入れた。中は思った通り、まだ金も鉄も出るようだ。まだ入り口近くだというのに、掘らずとも金や鉄が岩盤に埋まっているのが見える。
完全に掘り尽くしたとは言えないが、廃坑にしなくても収益が得られるほどの量が出るかは専門家を連れてこなくては判断出来ない。一度引き返すかと思ったその時、坑道の奥から話し声が聞こえた。
慎重に慎重に足を進め、そっと曲がり角から奥を覗き込むと、そこには伯爵がいた。
「もふもふ~けもけも~もふけも天国~」
頭の悪そうな歌を歌っている伯爵は、
フェンリルの幼体を抱えつつユニコーンの仔馬…仔ユニコーン?にまたがり、頭にフェニックスのヒナを乗せて後ろにいたドラゴンから呆れた目を向けられていた。
……金・鉄の私有に加え、幻獣の軍を作っていたってことで捕らえていいかな?いいよ。
一瞬で自問自答した私は、そっと伯爵の後ろに近付き、犯罪者用の首輪をはめた。
「うわっ!な、な、な、宰相!?
何故ここに!
っとっとっとっと!」
「馬鹿者!フェンリルを落とすな!」
伯爵が驚いた拍子にフェンリルから手を離したのが見えた。
慌ててフェンリルを奪い取ろうとしたが、私より早くドラゴンがフェンリルの首根っこを咥えて自分の体に乗せてやっていた。
その間に、頭に乗っていたフェニックスのヒナは、私の頭の上に移動し、ユニコーンは他の幻獣たちが無事な場所に移動したとみるや、伯爵を振り落として踏み潰していた。
「ドラゴン殿、お手をわずらわせて申し訳ない、そしてフェンリルとフェニックスとユニコーンは驚かせてすまなかった」
伯爵はともかく、幻獣たちを驚かせるつもりも危害を加えるつもりもなかったのだ。
「かまわんよ、人の子よ。
其方が我らに邪な思いを抱いていないのは分かっておる。
そっちの男とは違ってな」
「っ!
伯爵!!
貴方はやはり幻獣を軍事利用するつもりでいたのだな!!」
「私はそのようなことは考えておらん!」
「安心せよ、人の子よ。
其奴はそのような大それた望みは持っておらぬ。
ただ……」
「私はフェンリルをもふもふして匂いを嗅いで
フェニックスをもふもふして頬ずりして
ドラゴンのすべすべの鱗を撫でまわして
ユニコーンの角を舐めまわしたいだけだ!!
可愛いもふけもたちを軍事利用!?戦いの場などに出して怪我などしたらどうする!」
「へ、変態……」
「うむ、此奴はただひたすらに気持ち悪いだけだ」
ドラゴンやユニコーンが若干伯爵から距離を取ったのが見えた。
フェンリルもドラゴンの背に回り、伯爵の手の届かないところへ逃げたし、私の頭に乗ってきていたフェニックスも、私の外套の中に潜り込んで伯爵の視線から逃れようとしている。
いやちょっと待て。
反逆の意思がないのに捕らえるのはまずいか……?
「だから、其方が此奴を捕らえてくれたことには本当に感謝している。
親を失って彷徨っていたフェンリルやフェニックスを捕まえておったのだ。
種は違えど我ら幻獣は幻獣の幼子を守る習性がある。
フェンリルを常に抱えられておったが故に、我もユニコーンも手出し出来なんだ。
そのため、此奴に言われるがまま、この洞窟で息を潜めて過ごしておったのだ」
よっしゃあ!!
「同意のない幻獣の私有は罪!
伯爵の投獄可能!!」
「私はもふけも天国を作ろうとしていただけ!
罪には当たらん!」
「幻獣を閉じ込めた時点で犯罪だ馬鹿者!
それに、国の財産である鉄鉱と金鉱を私的な理由で廃坑にしてるだろうが!
ドラゴン殿、大変お騒がせいたしました。
此奴は王都で牢に繋ぎますのでご安心を」
外套に潜り込んでいたフェニックスのヒナをそっとドラゴン殿に差し出しつつ、伯爵の首輪に繋がった鎖を引いて這いつくばらせ、一礼してその場をあとにすることにした。
伯爵を鎖で引きずりながら坑道の入り口に行くと、しびれ薬が切れた見張りたちがこちらを指さしているのが見えた。
まずいな、伯爵の私兵なら抵抗してくるか……?
いざというときは伯爵を物理的に盾にするつもりで鎖を引き寄せ、見張りたちの様子を伺っていたら、
引きずられた伯爵の姿が見えたのか、戸惑っているようだった。
「私はこの国の宰相である!犯罪者である伯爵を捕らえた!伯爵に協力するものは同罪とみなす!」
「ま、待ってくれ!
むしろこちらは捕らえてくれて感謝している!」
想像と違う反応が返ってきたので、出口に向かいつつ事情を聞いてみたら、彼らは元々鉱夫で、突然伯爵がドラゴンを連れて立てこもったので、うっかり人が迷い込まないように見張っていたとのこと。
伯爵に文句を言っても再就職先を世話してくれるでもなく、非常に迷惑していたとのこと。
そのため、伯爵を捕らえてくれるなら大歓迎だとのことだった。
彼らに幻獣はもうすぐ出ていくので、以前と同じように働くことが出来ること、新たな領主を派遣し、伯爵は投獄することを伝え安心してもらった。
頭と胃が痛い。
これから王都までコレを連れ帰らねばならんし、後始末も大変だ……
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